第二日 高知 4/5
坂本龍馬誕生地の碑を撮ってから、路面電車にて東へ向かう。二本の路線が交差する停留所で降りた。はりまや橋へ向かうためだ。一帯の目抜き通りである国道32・33号、そして高知駅から南へ延びるはりまや通り。それらがぶつかる最も繁華な場所にはりまや橋は位置していた。
「おお、これが……」
待ち望んでいた橋との対面に、楓は感慨深げなため息を漏らしたのち目を輝かせた。
「ナイスがっかりですわ!」
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○はりまや橋
十メートルにも満たない小さな赤い橋。
江戸時代、川を挟んで店を構えていた播磨屋と櫃屋が、両家を行き来するために私設の橋を架けたのが始まり。
高知のシンボルのひとつとして、今日も訪れた観光客に「がっかり」を提供している。
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この旅の計画を建てる際、姉から「是非とも押さえておきたいところ」というリクエストをいくつか預かっていた。その中にはりまや橋が含まれていたのだ。
昨年訪れた札幌時計台、長崎のオランダ坂、そしてこのはりまや橋。以上で「日本三大がっかり観光地」は構成されている。
「渚、写真頼むわ!」
すっかり浮ついた表情と足取りで、楓は自身のスマホを差し出した。
「撮るでー」
スマホを構えた途端に姉の高揚は鳴りを潜め、橋の前で肩を落としガックリとうなだれる。渚はその姿をぞんざいに写してやった。
「じゃあ次アンタの番な」
「んー……」
少々迷ったが姉にスマホを託す。メディアに取り上げられて調子づいているラーメン屋の店主よろしく、腕を組んだ仁王立ちで撮ってもらった。特に意味はない。
駐輪場まで歩いて戻る途中、渚は気にかかっていたことを切り出した。
「さっき言うとった仕事の話やけど……」
「ああ、あれな。車の部品メーカーで働いとんのはほんまやけど、現場仕事なんよ」
「マジで? 事務ちゃうの?」
「うん、工場」
「へえ……」
昔からインドア派の姉が作業服をまとい肉体労働をしている様子は、どうにも想像できなかった。
「そら最初はめっちゃキツかったし、今でもヒーヒー言うとるよ。でも始めた頃に比べたら相当体力ついたわ」
「なんとまあ……」
「腹筋かて、ほら」
楓はTシャツの裾を少し捲ってみせる。
「うげっ……」
腹筋6LDK――とまではいかずとも、ひと目でそれと分かるほど引き締まっていた。
「それは仕事だけでそうなったん?」
「いや。軽く筋トレしたり、プロテイン飲んだり」
「姉貴はいったいどこに向かっとんの……」
「まあ男でも女でも、筋力があって困るってことはないからな」
ニヤリと笑いながら顎を突き出す楓。
(クソ、まさかフィジカルでも抜かれるとは……)
とてもそうは見えないが、姉はそこそこ有名な国立大学を卒業している。アホだが勉強はできるタイプなのだ。
一方、渚は姉と同じ大学を目指していたものの共通一次の結果が振るわず、現在通っている公立大学へと下方修正せざるをえなくなった。
学力では引けを取ったものの、ほぼ同じ体格ながら体力や腕力では優っている。それがささやかな心の支えとなっていたわけだが。
「まあ例の件もあって、このヤワな体をなんとかせな……どげんかせんといかんと思ったり思わんかったりでな」
昨年のツーリングの道中、楓は体調を崩して丸一日寝込んでいた。
「なるほど、一応納得したわ」
再びカブに跨がった二人は県道34号を走り、桂浜へとやって来た。
駐車場付近に立っている、坂本龍馬の巨大な像へスマホを向ける。だが龍馬は太陽を背にしており、その顔は陰ってしまってよく見えない。
「逆光やん」
「ジェイソンステイサムを五、六人集めて前に立たせたら順光になるんちゃう?」
「天才か」
松林を抜けた先には、青い太平洋が広がっていた。
「ここも人多いなあ」
市街地よりもアベックが多いように思える。
「水平線は丸く見えるっていうけど、普通に真っ直ぐやない?」
垂れ目を細めて彼方を睨む姉にならい、渚も目を凝らしてみる。
「確かに真っ直ぐやな」
パノラマモードで写真を撮ったのち、渚は姉にスマホを差し出した。
「撮ってくれへん?」
「別にええけど……アンタの顔が写り込んだら綺麗な海が台無しやで?」
「やかましいわ」
撮ってもらった数枚の写真をすぐさま確認する。
「そんなん何枚も撮ってどうするん?」
「いや……遺影にでも使おかな思て」
適当にごまかして踵を返す。いい感じにひなびた水族館の横を歩きながら、楓は名残惜しそうな調子で言った。
「坂本龍馬記念館観たい気ぃするけど、ちょっと時間がアレやな」
「さっき歴史興味ないとか言うてへんかった?」
「いやいや、こういうのが関心を持つ絶好の機会になったりするやん」
とはいえ今日のキャンプ場まではまだ遠く、これから二時間近く走らなければならない。
「ダッシュで観てきたら? 俺向こうで龍馬まんじゅうと龍馬サブレ食っとるから」
「……やめとくわ。半端に観たら逆に未練残るし、アンタだけ美味しい思いすんのは気に食わん」
県道を乗り継いで宇佐大橋を渡り、横浪黒潮ラインへ入った。太平洋を眺めつつリアス式の半島を西へ走る。途中の展望所にて寛いでいる猫を撮り、国道56号へ合流した。
須崎市街地でカブを停め、「ショップすえなが」に立ち寄る。早朝四時から開いているという、玉子焼きで有名な弁当屋兼惣菜屋さんだ。
「こんにちはー」
「あ、ごめんね! 玉子焼きがもうないんだけど」
店に入るなりおばちゃんにそう告げられた。
「まあ、そうなるな」
楓が平坦な声で言う。大型連休中、かつそろそろ夕方になろうかという時間だ。ダメ元で訪れたのだが、それでも目当てのものがないとわかると寂しい。
「さてと……」
目当てのものはなくとも、ここで食料を買っていかなければならない。何か良さげなものが残っていないかと売り場を回っていると、「玉子焼き入りおむすび」と書かれたパッケージがひとつだけ残っているのを見つけた。
「おお、ありがたや」
プラスチックのパックの中に、海苔で包まれたおむすびと玉子焼きが詰められている。
(おにぎりの中に入ってるわけではないんやな)
ほかにも適当なものをいくつか見繕い、レジへ向かった。




