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ノルディア王都で発生した未曾有の「魔力崩壊」。その断末魔のような衝撃波は、国境を越えてガルディア公国の平穏をも無慈悲に引き裂いた。
ガルディア領、北部の地方都市。平穏を謳歌していた街の電気照明が、不気味なノイズと共に明滅を始めた。
「なんだ……? 電力が、いや、大気の魔力が不安定だぞ!」
人々の手元にあるアーク・リンクの画面が激しい砂嵐に埋まり、数世紀にわたり生活の根幹を支えてきた通信網が完全に沈黙した。直後、街の全域でブレーカーが次々と跳ね、電気暖房は急速に冷え切り、電動の給水ポンプが停止した。
凍えるような暗闇。
しかし、住民を襲ったのは寒さだけではなかった。大気中を通り抜けた高濃度の魔力残滓が人々の魔力回路に干渉し、急性魔力障害 ── 「魔力酔い」による嘔吐と失神が相次いだのである。
「これ、ノルディアの新型攻撃じゃないのか……?」
「政府は何をしている! なぜ停電の復旧見込みさえ説明がないんだ!」
街頭のスピーカーが沈黙する中、地方住民の不安は瞬く間に「特権階級」への怒りへと変貌していった。
「首都だけ結界で守って、俺たちは見捨てられたのか!」
その叫びは、救いのない闇の奥へと深く吸い込まれていった。
一方、首都ガルディアス。
黄金の結界に守り抜かれたこの街には、物理的な被害は一切なかった。
「……揺れが止まったか。結界があって本当に助かったな」
住民たちは安堵の息を漏らし、再び日常の営みに戻ろうとしていた。だが、軍務局の魔力探知レーダーは、未だに猛烈なノイズを吐き出し続けている。
物理的な損害はゼロ。しかし、守られた首都と、放置された地方との「温度差」は、修復不能なまでに開こうとしていた。
「首都だけが、黄金の膜の内側で輝いている。……この光景が、凍える地方の民の目にどう映るか、上層部は分かっているのか」
軍務局の窓から見える煌びやかな街並みを、情報局長セルヴェン・マリクレアが苦渋に満ちた表情で見つめていた。
宮殿内、緊急会議室。
公女王エリシアを囲む重鎮たちの間には、かつてない混乱と罵声が渦巻いていた。
「ノルディアの状況が全く把握できません! 通信網が完全にズタズタです!」
「地方議会からの公式抗議が止まりません! 政府批判の声明が、アーク・リンクの復旧した地域から次々と投げ込まれています!」
軍務卿レグナード・ファルシオンが、苛立ちを隠さず黒檀の机を叩いた。
「ノルディアが自滅したのか、あるいはこれが『第二段階』の攻撃なのか……。判断材料が圧倒的に足りん!」
「陛下」
地方出身の議員が、冷徹な声でエリシアに詰め寄った。
「地方の民は、もはや政府の『専守防衛』など信じていません。首都に頼らず、独自に電力網と防衛網を構築すべきだという声が、暴動寸前まで高まっています」
エリシアは玉座で深く椅子に背を預け、静かに呟いた。
「……政治的分断が始まった、ということね」
外敵との戦争を覚悟し、一丸となったはずの公国が、その「勝利」の余波によって内側から崩れようとしていた。
地方都市での魔力障害は「敵の秘密兵器による攻撃」として誤解され、歪んだ情報が恐怖と共に拡散していった。
「次は地方が直接狙われる。首都の連中は、自分たちだけ結界の中に逃げるつもりだ!」
「政府は無能だ! 自分たちの身は、自分たちで守るしかない!」
地方議員たちの扇動により、市民の怒りは沸点に達していた。かつては首都守護の象徴であり、誇りであった黄金の結界の輝きが、今や「選民の壁」として地方の激しい反感を買っている。
皮肉なことに、ノルディア王国の自滅という結末が、ガルディア国内に「内乱」という名の毒を撒き散らしていたのである。
夜の首都、宮殿のバルコニー。
アレンは漆黒の瞳を北の空へ向け、微動だにせず立っていた。
隣に寄り添うリィナが、不安げにその袖を握り、銀髪を夜風に揺らしながら呟いた。
「アレン様……首都の空が、物理的には明るいのに、とても暗く見えます」
アレンは沈黙したまま、自身の内側を流れる膨大な魔力の理を解析していた。
(理が、捩れているな。……人間の感情という不確定要素が、魔力の循環をさらに濁らせている)
平和を守るための戦いは、いつの間にか、形の見えないドロドロとした泥沼の「国内紛争」へと変貌を遂げようとしていた。




