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ノルディア王国の心臓部、王都ノルドヘイムから放たれた未曾有の魔力衝撃波は、まず自国の領土を無慈悲に蹂躙した。
その破壊の波は物理的な破壊に留まらず、高密度の魔力が大気中を駆け抜けることで強烈な磁気嵐を誘発し、現代文明の生命線である電力網を根底から焼き切る「魔術的電磁パルス(EMP)」へと変貌したのである。
凍てつく西大陸北部の夜を、不気味なほど音のない絶望が支配した。
街を彩っていた電気灯は電圧の異常上昇に耐えきれず、断末魔のような火花を散らして次々と破裂した。
かつては絶え間なく鳴り響いていた魔導列車の走行音や、工場の駆動音、人々の生活を支えていたあらゆる電化製品の唸りが一瞬で消え去り、そこには北風が雪を削る音だけが残された。
「暖房が……止まったのか……?」
「給水管もだ。電動ポンプの基板が過負荷で溶けている。水が来ないぞ!」
照明、暖房、給水。人々の生活のすべてが電力に依存していた代償は、あまりに重かった。
空気中には、ショートした電子回路が放つ鼻を突くような焦げた臭いと、霧状に滞留した高濃度魔力の残滓が漂う。
人々は逃げ場のない「魔力酔い」による激しい眩暈と嘔吐に苦しみながら、ただ窓の外を ── 光を失い、深い闇に沈んだ王都の空を仰いだ。
「王都が……消えたというのか……」
「女神様、どうか……。もう、この国は終わりだ……」
暗黒の雪原に放たれた祈りは、誰に届くこともなく寒空に吸い込まれていった。
王都ノルドヘイム。
かつての栄華の象徴であった王宮は、崩壊した魔術塔の直撃を受け、いまや巨大な石の瓦礫が積み上がった墓標と化していた。
塵と煙が立ち込める廃墟の中で、国王ヴァルターの死という非情な現実が、生き残った二人の重鎮を醜い争いへと駆り立てていた。
「貴様の、あの無謀な暴走が国を滅ぼしたのだ! この大罪人めがッ!」
喉を焼く灰を吐き出しながら、全身を煤で汚したノルディア宰相が、瓦礫の山で軍務大臣を指差して叫んだ。
「黙れ! 貴様が文官としての臆病さを捨て、魔術塔の管理に人員を割いていれば、炉の逆流など起きなかったはずだ!」
軍務大臣もまた、引き裂かれた軍服を震わせ、憎悪を剥き出しにして怒鳴り返す。
指揮系統は瓦礫の下に埋もれ、王都を守るべき魔術障壁も供給電力を失って霧散した。
王宮の焼け落ちた廊下では、主を失った兵士たちが互いに責任をなすりつけ合い、抜き身の剣を向け合う地獄絵図が展開されている。
臨時政府の座を奪い合おうとする醜い内乱の火種が、狂王の死骸の上で燻り始めていた。
その時、地下深層に位置する「王族専用避難区画」の、歪んだ防魔扉の隙間から微かな魔力反応が検出された。
捜索隊が魔法障壁の残滓を強引に抉じ開けた先には、一つの小さな奇跡が横たわっていた。
「殿下……! 王太子レオニール殿下! ご無事ですか!」
近衛兵たちの屍に守られるようにして、レオニールは煤を被りながらも、その気品ある瞳を曇らせることなく立っていた。
王太子は救出されるや否や、周囲を埋め尽くす故国の惨状を見渡し、震える拳を握りしめた。
「……父上は、どこだ」
「……陛下は、崩壊に巻き込まれました」
宰相の答えに、レオニールは静かに目を閉じ、溢れそうになる涙を王家の矜持で強引に押し殺した。
彼が再び目を開けたとき、そこには一国の主としての覚悟が宿っていた。
「……私が、この国を繋ぎ止めなければならない。……たとえ、ここが廃墟であっても」
その短い、けれど決然とした呟きが、宰相派に「正統性」という名の最強のカードを与えた。
修復されたわずかな通信設備 ── 予備バッテリーで辛うじて息を吹き返した放送システムを使い、宰相はノルディア全土に向けて緊急声明を発した。
「全国民に告げる。国王陛下は崩御された。これより、唯一の正統な後継者である王太子レオニール殿下が指揮を執る!」
その掠れた声は、電気も暖房も失い、凍える絶望の淵にいた国民の耳に、消え入りそうな希望の灯火として届いた。
続いてレオニールも、ノイズの混じるマイクの前に立った。
「父王の遺志 ── いや、私の意志を継ぎ、私はノルディアの再建を誓う。国民よ、どうか、私に最後の一助を」
王太子の生存。その事実だけで、混乱する民の心は一気に宰相派へと傾いた。
宰相派による「逆賊」の断罪は、凍てつく冬の如く冷酷かつ迅速だった。
軍務大臣は、最も重要な局面で王太子の身柄を確保できなかった ── その一点において、彼は「国家を滅ぼした罪人」へと転落したのである。
「宰相こそが主犯だ! 私の指示は王の命に従っただけだ!」
軍務大臣は叫び続けたが、もはや地方軍の誰も、敗残の将に従う者はなかった。
電力網の崩壊により連携を支えるレーダーや通信機が死滅し、魔術師団も半壊した軍務大臣派は、王都周辺で完全に孤立。
王太子の名の下に集結した地方討伐軍を前に、その抵抗はわずか数日で無残に鎮圧された。
軍務大臣は拘束され、内乱は皮肉なほど短期間で幕を閉じた。
女神歴二一九六年十一月四日。
レオニールは「ノルディア新国王」として、瓦礫の王座に即位した。
だが、その背後に広がるのは、変わり果てた故国の無残な骸であった。
王都は物理的に壊滅し、電気、水道、通信といったインフラは完全に死に絶えた。
「王太子が生きていたのは、せめてもの救いかもしれない」
「だが……あんな支離滅裂な脅迫状を送って自滅した国だぞ。周辺諸国が助けてくれるはずがない」
配給の列に並ぶ国民たちは、肩を寄せ合いながら小声で不信を口にする。
宰相も、軍務大臣も、そして狂王ヴァルターも。彼らにとって国の中枢は、自分たちを見捨てた者たちでしかなかった。
復興の兆しすら見えない、凍土の上の廃墟。
国際社会にとっても、ノルディアはもはや対等な交渉相手ではなかった。
『ノルディア王国 ── 国家機能の完全な停止。事実上の崩壊国家。……支援の目処、立たず』
いつ地図から消えてもおかしくない、北の地に残された巨大な骸。
それが、暴走した王の意志の果てにノルディアが得た、あまりに惨めな「平和」の姿であった。




