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ノルディア王国の栄華を象徴した巨大魔術塔。その内部は、もはや「魔術施設」としての体をなしていなかった。赤熱し、形を失い始めた魔力炉は、周囲の金属を泥のように溶かし、逆流した魔力の奔流が回路を内側から焼き切っていく。塔全体を走る黒い亀裂からは、高濃度の魔力残滓が火花となって噴き出し、空間そのものが悲鳴を上げるような歪んだ重低音が鳴り響いていた。
「陛下、退避を! ここも持ちません!」
火花が散る制御室で、軍務大臣が絶叫した。
だが、玉座にしがみつく国王ヴァルター・ノルディアの濁った瞳には、勝利への執着という名の狂気しか宿っていない。
「嫌だ! 俺は王だ! 俺の命令が……俺の言葉こそが絶対なのだ!!」
その傲慢な叫びを、世界が拒絶した。
次の瞬間、塔の中心部が網膜を焼くような真っ白な光に包まれた。
臨界を突破した魔力炉が完全に崩壊。
塔の上部を塵も残さず消し飛ばしながら、死を孕んだ魔力の奔流が天へと噴き上がった。
同時刻、ガルディア公国軍務局、中央作戦室。
魔力探知レーダーが、物理的な限界を超えた異常数値を叩き出した。
「ノルディア魔術塔、崩壊を確認! 巨大な魔力衝撃波が発生、こちらへ向かってきます!」
情報局員たちの悲鳴が室内に反響する。
軍務卿レグナード・ファルシオンは、モニターに映る「白い壁」のような衝撃波を見て、地鳴りのような声を上げた。
「結界を最大に! 予備の供給ラインもすべて直結させろ! 補助魔術、全系統限界突破を許可する!」
その怒号を、冷静な、けれど苦渋に満ちた報告が遮った。
傍らで端末を操作していた宰相リオネス・カーディルが決然と顔を上げた。
「陛下、全都市結界の維持班へ通達済みです。……今、この一撃を食い止めるために、我が国の全魔石備蓄の九割が消えます。……ですが、止むを得ません。……すべてを注ぎ込み、一億の民の命を救うのです!」
公女王エリシアは、窓の外で歪む北の空を見つめ、静かに、けれど力強く自身の右手に嵌められた『共鳴指輪』を握りしめた。
「……来るわ。……アレン殿、どうか……!」
首都外縁部、北の防壁から上空一千メートル。
アレンは黒髪を激しい風になびかせ、漆黒の瞳で迫り来る「魔力の壁」を捉えていた。
(……環境、魔力飽和。指向性のない破壊。……理が、完全に瓦解しているな)
アレンは指先を微かに動かしたが、すぐにその手を下ろした。
弾道とは異なり、全方位へ拡散する魔力の衝撃そのものは、点としての《魔術消去》では対処しきれない規模だった。
「あんな広範囲の魔力衝撃波? あれはちょっと、俺でも完全に消すのは無理だよなぁ」
アレンのどこか気の抜けた口調。
だが、その言葉が終わるよりも早く、大気を震わせ、すべてを飲み込む魔力の壁がガルディアへと激突した。
──ドォォォォォォォォンッ!!
黄金の結界が激しく波打ち、首都全体がこれまでにない激震にさらされた。
「来ます!!」と宮廷魔術師長が叫ぶ。
供給回路が過負荷で悲鳴を上げ、天を覆う魔導回路が断末魔のように火花を散らした。
その凄まじい衝撃の余波がアレンたちを襲おうとした瞬間。
三人の周囲に、淡く輝く三層の盾が自動的に展開された。
「……三重魔導護膜!」
リィナが、凛とした大人の女性の表情を崩さず、自身の魔力を研ぎ澄ませる。
物理・魔術・衝撃を個別に遮断する、彼女だけの絶対防御。
「パリン」と乾いた音が三層の膜から同時に響くが、盾は一瞬で再展開され、アレンたちの空域だけは不気味なほど静止したままだった。
「さすがね、リィナ。あの衝撃を受けきれるなんて……あなたのバリアは、本当にすごいわ」
セリスが青い瞳に感嘆を宿し、隣で戦うパートナーを誇らしげに見つめた。
リィナは少し疲れた様子で微笑み、自身の魔力残量を確認した。
「だいぶ魔力、減っちゃいました。……でも、アレン様たちを守れてよかったです」
衝撃が去った後。
ガルディアの都市結界は、至る所に修復不能な傷跡を残しながらも、辛うじてその形を保っていた。
軍務卿レグナードの「……結界は……?」という問いに、魔術師長が呆然と答える。
「……持ちました。損耗は激しいですが、破断は免れました」
エリシアは北の空を睨み、静かに、そして冷徹に告げた。
「……ノルディアは、自滅したのね」
遠く北の地。
巨大な魔術塔の跡地には、深々と抉れたクレーターが横たわり、不気味な魔力の霧が漂っていた。
崩落した王宮の石柱の下には、魔力の火花に打たれながら無残に押し潰された国王ヴァルターの姿があった。
かつての栄華は、自らが招いた暴走の重みに消え去った。
戦争の第一局面は、勝利という形ではなく、ただ一つの国家の消滅という形で、あまりに虚しく幕を閉じようとしていた。




