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ノルディア王国の象徴であり、軍事力の核である巨大魔術塔。その内部は今、断末魔のような振動と、過負荷で焼き切れた魔導回路の異臭に包まれていた。
「魔力炉温度、計測不能域へ突入! 流路が逆流しています! 第四、第七安定化陣が物理的に損壊!」
制御陣の前に座る魔術師たちは、自身の魔力波形が塔の暴走に強引に同期させられ、次々と鼻血を吹いて倒れ伏した。
塔の外壁には、内側から膨れ上がる膨大なエネルギーに耐えきれず、巨大な亀裂が幾筋も走っている。その隙間からは、禍々しい紫電を帯びた魔力の残滓が火花となって噴き出し、周囲の空間をチリチリと焼いていた。
「魔力炉、完全暴走を開始! もはや、誰の手にも負えませんッ!」
魔術塔総監の叫びが通信回線を伝い、王宮の会議室へと響き渡る。
しかし、その絶望を受け取った国王ヴァルター・ノルディアの瞳には、一欠片の正気も宿っていなかった。
「構わん、第三撃の準備をしろ! 出力を最大まで引き上げ、今度こそあの黄金の膜を叩き割るのだ!」
「陛下! 魔術塔は国家の心臓です! これ以上の負荷は王都そのものの消滅を招きますぞ!」
老練なノルディア宰相が玉座に詰め寄り、決死の覚悟で進言した。
だが、ヴァルターはその顔を扇で激しく打ち据え、怒号で遮った。
「うるさい! 俺の命令に逆らう者はすべて反逆者だ! 撃てば勝てる、ガルディアが跪く! 俺が、俺こそが正しいのだ!!」
国王の短絡的で衝動的な狂気は、すでに国家としての統治機能を完全に麻痺させていた。
冷静派であるノルディアの情報局長は、震える手で自身の魔導端末が示す最悪のシミュレーション結果を見つめ、絶望に天を仰いだ。
魔術塔の暴走は、単なる物理的崩壊に留まらない。王都全域を巻き込む「魔力崩壊」を引き起こし、そこに住む数十万の民を根源から消滅させる「人災」へのカウントダウンであった。
同時刻、ガルディア公国軍務局、中央作戦室。
魔力探知レーダーが、物理的な破壊音に近い最上級の警告音を吐き出し続けていた。
「ノルディア魔術塔に異常反応! 出力が第一撃の二百パーセントを突破、なおも指数関数的に上昇中!」
「第三撃の準備か!?」
軍務卿レグナード・ファルシオンが、モニターを睨みつけながら問い詰めた。
だが、魔力波形を凝視していた宮廷魔術師長が、苦渋に満ちた表情で首を振った。
「……違います、レグナード閣下。魔力の流れが乱反射し、周辺の空間に深刻な歪みが発生している。これは射出準備ではない……『暴走』です」
「暴走……。つまり、あの塔は制御不能に陥ったのか」
情報局長セルヴェン・マリクレアが、眼鏡を押し上げ、冷徹な分析を加えた。
「魔力炉が耐えきれず崩壊すれば、第三撃ではなく大規模な『魔力爆発』が起きます。……ノルディアの王都は、一瞬で地図から消えるでしょう」
公女王エリシアは、その言葉に顔を蒼白にしながらも、凛とした、しかし不安を隠せない声で問うた。
「……我が国への影響は?」
「距離があるとはいえ、魔力の波形が巨大すぎます。物理的な衝撃波に加え、指向性を失った魔力残滓が津波となって押し寄せる可能性がある。……都市結界が耐えきれるかどうか、未知数です」
その時、傍らで老練な手つきで書類を整理し、損害シミュレーションを更新し続けていた宰相リオネス・カーディルが決然と顔を上げた。
「陛下、全都市結界の維持班へ通達しました。……もはやこれは戦争ではなく、未曾有の『魔術災害』です。経済的損失の計算はすでに打ち切りました。国家のすべてを、この一瞬の守護へ注ぎ込みます」
首都外縁部、北の防壁。
アレンは漆黒の瞳を細め、遥か北の空で脈動を始めた「不気味な光」を捉えていた。
(……環境、魔力飽和。敵、自壊。……理が、完全に壊れているな)
彼の「理外の視界」には、ノルディア魔術塔を中心に空間が物理的に捻じ曲げられ、魔力炉が吐き出す赤黒い澱みが天へ向かって逆流していくのが見えていた。
隣に立つリィナが、銀髪を激しい風に乱しながら、自身のショートロッドを強く握りしめた。
「アレン様……これ、さっきまでとは全然違います。……怖い。世界そのものが、泣いているみたいで」
セリスもまた、青い瞳に戦慄を宿し、アレンの横顔を見つめた。
「ノルディアの連中、なんてことを……! あれほどの魔力を野放しにするなんて、正気の沙汰ではありませんわ」
「ああ。……来るぞ」
アレンが短く告げ、その周囲の空気が重厚な静寂に包まれた。
ノルディア王都、ノルドヘイム。
玉座で「撃て! 撃て!」と獣のような咆哮を上げ続けるヴァルター。
その背後で、魔術塔の頂から放たれていた光柱が、不気味に歪み、赤黒い色へと変貌し、膨張を続けた。
そして、魔術塔総監が最期の、掠れた言葉を遺した。
「……魔力炉、暴走臨界点……突破……」




