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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第11章:狂気と亀裂

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11-9

ノルディア王国の王都近郊、天を突く巨大な魔術塔の最深部。

そこは今、物理的な限界を超えようとする魔力の咆哮に包まれていた。

「魔力炉出力、第一撃の一・五倍(一五〇パーセント)に到達! ……だめだ、冷却が追いつかない! 魔術陣に亀裂が発生しています!」


制御盤を凝視する魔術塔総監の顔から、血の気が引いていく。

魔術師団の意識同期シンクロは極限の疲弊によって乱れ始め、塔を覆う魔力障壁すらも、不安定な電圧の如く激しく明滅を繰り返していた。


『陛下、第二撃はあまりに危険です! このままでは魔力炉そのものが──』


総監の悲鳴に近い具申を、国王ヴァルター・ノルディアの狂気を孕んだ怒号が踏みつぶした。


「撃てと言ったら撃つんだ! ガルディアの誇りごとその黄金の膜を焼き千切れ! 俺の命令が、この世界の真理なのだ!!」


総監は震える手で、最終術式の起動レバーを握りしめた。

直後、塔の頂から放たれた光柱は夜空を白く焼き潰し、第一撃を遥かに凌駕する輝きとなって放たれた。



同時刻、ガルディア公国軍務局、中央作戦室。

魔力探知レーダーが、これまで聞いたことのない、鼓膜を裂くような絶叫のアラートを吐き出した。


「ノルディア魔術塔、臨界を突破! 第一撃の百五十パーセント出力を確認! 来ます、第二撃です!!」


情報局員たちの悲鳴が室内に響き渡る。

軍務卿レグナード・ファルシオンは、モニターに映し出された、第一撃より遥かに巨大な光の粒子の群れを凝視し、声を枯らした。


「結界に全魔力を回せ! 補助魔術、全系統最大出力! 出力を限界まで上げ、黄金の盾を死守せよ!」


公女王エリシアは、祈るように胸元で手を組み、激しく振動を始めた窓の向こう、不気味に白く染まっていく北の空を見上げた。


(……アレン殿。……どうか……!)



首都外縁部、北の防壁から上空一千メートル。

秒速五十キロメートルという、既存の物理法則を嘲笑う速度で迫る五十の光点。

着弾まで、わずか十秒。


アレンは漆黒の瞳を細め、迫り来る「死のことわり」を冷静に捉えていた。

彼の隣では、リィナが激しい風に銀髪をたなびかせながらも、凛とした大人の女性の表情で自身の魔力を研ぎ澄ませている。

セリスもまた、青い瞳に不退転の決意を宿し、アレンの背中を支えるように浮遊していた。


「……広すぎるな」


アレンが静かに呟いた。

第一撃とは異なり、第二撃の五十発は一億人が住む巨大都市を効率よく破壊するため、扇状に大きく拡散していた。

このままの立ち位置では、全弾頭を自身の有効視界に収めることができない。


「少し移動する。──離れるなよ」


着弾まで、あと五秒。

アレンが指先を軽く鳴らした刹那、三人の身体は音もなく五キロメートルほど水平移動し、拡散した弾道群の「収束点」の直上へと滑り込んだ。


あと二秒。

アレンの視界せかいに、膨大な魔術式が折り重なった「光の槍」が鮮明に映し出される。


──《魔術消去ディスペル・アーツ》。


アレンが視線を走らせた、その一瞬。

空を埋め尽くしていた光の槍のうち、四十五発が、まるで最初から存在しなかったかのように音もなく消失した。

現代魔術の極致とされる「魔力圧縮体」の術式が根源から修正され、ただの無害な魔力の霧へと還っていく。


しかし、拡散の角度がアレンの物理的な視界フレームを僅かに超えていた。


「……五発、打ち漏らしたか。やはりこの範囲は面倒だな」


アレンが眉を寄せて独り言のように零した。


「えっ!? 今……消したんですか……!?」


リィナが驚愕に淡い青の瞳を見開き、セリスもまた、視認した瞬間に消滅した四十五の絶望を前に、戦慄を隠せずにいた。


直後。

残りの五発が、ガルディアの都市結界へと激突した。

白銀の閃光が世界を染め上げ、王都全体が激しく揺れる。

だが、その揺れは第一撃よりも遥かに小さかった。



軍務局、中央作戦室。

降り注ぐはずだった五十本の槍が、着弾の直前で忽然と消え去った光景に、重鎮たちは石像のように硬直していた。


「……持ちました。……ですが、報告します。着弾を確認したのは五発。……残りの四十五発は、着弾前にロストしました」


宮廷魔術師長の呆然とした報告に、室内に凍りついたような沈黙が落ちる。


「四十五発を……ロストしただと……? 迎撃不能の弾頭を、どうやって……」


軍務卿レグナードが声を震わせる中、通信回線からセリスの凛とした、けれどどこか誇らしげな声が響き渡った。


『……こちら首都外縁部。マスター・アレンが迎撃。五十発中、四十五発を消去。……五発を打ち漏らしましたが、被害は最小限ですわ』


「……アレン・ヴァルグレイ。理外の力、これほどまでにか……!」


軍務卿が呻くように呟き、エリシアはそっと、震える胸を撫で下ろした。


一方、ノルディアの魔術塔内部は地獄へと変貌していた。

第二撃を強行した反動で、赤熱した魔力炉が限界を突破。

制御を失った魔力の奔流が逆流を始め、回路を内側から焼き切っていく。


「魔力炉、完全暴走! 流路が逆流しています! もう……誰の手にも負えません!」


魔術塔総監の絶望の叫びが、塔の外壁に走る巨大な亀裂の音にかき消されていく。

ノルディア王都の空が、これまでとは違う、禍々しく歪んだ赤黒い光で揺れ始めていた。


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