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ガルディア軍務局、中央作戦室。第一撃の衝撃波が収まり、復旧作業に追われる機材の電子音が鳴り響く中、張り詰めた静寂を切り裂いて一人の外交官が飛び込んできた。
その手には、雪の結晶を象ったノルディア王国の紋章が、荒々しい筆致で刻印された無骨な封書が握られていた。
「ノルディアより……最優先要求文が届きました!」
外交官の震える手から書状を受け取ったのは、公女王エリシア・ヴァルステイン・ガルディアであった。
彼女は静かに封を切り、書面に目を落とした。だが、読み進めるにつれ、その理知的な眉が不快そうに微かに動くのを、傍らに控える重鎮たちは見逃さなかった。
「……これは、酷いわね。国家の意志を綴るものとは思えないわ」
エリシアが卓上に置いた書状を、軍務卿レグナード・ファルシオンと宰相リオネス・カーディルが覗き込む。
そこに記されていたのは、およそ近代的な外交手順を無視した、支離滅裂な言葉の羅列であった。
書状の冒頭には『本日中に無条件降伏せよ』と断定的な命令が記されている。
しかし、わずか数段落後には『明日までに従属の意志を示せ』と期限が変更されており、威圧的な口調の裏に、どこか自信のなさを覗かせる曖昧な表現が混在していた。
さらに文末には、脈絡もなく『第二撃でまとめて黙らせてやる』という、品性を欠いた脅迫が挿入されていた。
「……外交文書として、最低限の体裁すら成しておりませんな。国際同盟の規範を、彼らは自ら捨てたようです」
軍務卿レグナードが、吐き捨てるように言った。
その隣で、宰相リオネスは灰青色の髪を整え、老練な手つきで眼鏡を直しながら、深く溜息を吐いた。
「ノルディア内部の混乱が、そのまま文章に漏れ出しています。国王の気まぐれを、文官たちが恐怖に駆られて必死に繋ぎ合わせた……。不格好な継ぎ接ぎ(パッチワーク)が見えますな」
宰相の冷静な指摘に、情報局長セルヴェン・マリクレアも同意するように、ホログラムウィンドウを操作した。
「情報局の分析でも、ノルディア王ヴァルターは極めて短絡的、かつ衝動的です。決定は日替わりで、戦略的一貫性は皆無。この要求文の統一感のなさは、そのまま彼の中枢が機能不全に陥っている証拠でしょう」
「つまり、まともな話し合いは成立しないということだな。我々が相手にしているのは、理屈の通じぬ『暴走した意志』だ」
レグナードが腕を組み、冷徹に断じた。
宮廷魔術師長が沈痛な面持ちで補足する。
「魔術塔の第二撃は、蓄積された魔力から見て、第一撃を遥かに上回るはずです。都市結界が、次も耐えられるという保証は……どこにもありません」
エリシアは、窓の外で不気味に揺れる北の空を見つめた。
一億の民が、あの理外の光によって消え去るかもしれないという恐怖。
だが、一国の主としての彼女の瞳に、揺らぎはなかった。
「……最悪の事態を想定して動きなさい。我が国は、ノルディアの要求には応じません」
「しかし陛下、それでは敵をさらに刺激することに……」
「ええ。だからこそ、挑発も避けます。我々の目的はただ一つ。国際同盟の仲裁が届くまでの『時間稼ぎ』です」
エリシアの指示により、外交官たちが即座にペンを走らせ始めた。
回答文の内容は、精緻に組み立てられた。要求を拒絶しつつも、交渉の余地は残す。
国際同盟の仲裁を正式に提案し、戦争の拡大を望まない平和的姿勢を強調する。
それが、ガルディアが持つ「正しさ」という名の武器であった。
「……これで、少しでも時間が稼げればいいが」
軍務卿レグナードが、重い軍靴の音を響かせて窓際へ歩み寄り、遠く北の首都外縁部へと視線を向けた。
「アレン殿たちのいる外縁部が、最初の戦場になる。……彼らに、すべてを背負わせることになってしまうな」
エリシアは何も答えず、ただ自らの白く細い手を、祈るように重ねた。
アレン、リィナ、そしてセリス。
公国の「象徴」として立つ三人の背中。
ガルディアスの空は、今にも降り注ごうとする死の光に、青白く焼かれ始めていた。




