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西大陸北部、氷雪に閉ざされたノルディア王国の王都ノルドヘイム。
白銀の雪に覆われた街並みとは対照的に、重厚な石造りの王宮内には、勝利への渇望と得体の知れない焦燥が入り混じった、歪な熱気が渦巻いていた。
第一撃の成功から数時間。
円卓を囲む閣僚たちの顔には、高揚と困惑が複雑に影を落としている。
その中心に座るのは、ノルディア国王ヴァルター・ノルディア。
灰金色の髪を苛立たしげにかき上げ、濁った青い瞳に剥き出しの狂気を宿した彼は、耳障りな音を立てて卓を叩いた。
「──で、ガルディアは降伏したのか! 膝をついたのか! 答えろッ!」
ヴァルターの怒号が冷え切った会議室に反響する。
王冠の下でこめかみに浮き上がった血管が、彼の短略的で衝動的な精神状態を雄弁に物語っていた。
「……陛下。まだ、正式な要求文すら送っておりません」
顔色の悪いノルディア宰相が、震える指先で一束の書類を差し出した。
「何だと!? なぜ送っていない! 貴様ら、俺を愚弄する気か!」
「昨日は……『降伏勧告など出すな、まずは恐怖を教え込め』と、陛下自ら仰せでしたが……」
軍務大臣が、下卑た笑みを浮かべて王に阿るように口を挟む。
その場に集まっていた重鎮たちの間に、北国の冬よりも冷ややかな沈黙が流れた。
この国において、論理や大義はすでに意味をなさない。
ただ一人の、気分で動く男の言葉が「真理」として君臨しているのだ。
その時、円卓の中央に投影された魔導端末のホログラムが、不気味な火花を散らして揺れた。
映し出されたのは、魔術塔の深部で解析にあたっている魔術塔総監の、憔悴しきった顔だった。
『陛下……第一撃による魔力炉への負荷が、当初の想定を大幅に超えています』
総監の声は、技術者特有の乾いた、けれど悲鳴に近い響きを帯びていた。
『第二撃は可能ですが……連続使用は極めて危険です。再充填と冷却に、せめて三時間の猶予を──』
「ええい、黙れ! 撃てるなら撃てばいいだろう!」
軍務大臣が声を荒らげ、総監の言葉を遮った。
「小難しい理屈を並べるな! ガルディアの結界を削り取る絶好の機会なのだぞ!」
「しかし、国際同盟の監視の目もあります。これ以上の無差別攻撃は、我が国の物流を止める自殺行為に……」
宰相の必死の制止さえも、ヴァルターの傲慢な怒声が切り裂いた。
「黙れ! 俺が正しいと言ったら正しいんだ! 俺に逆らう者は全員処刑だ!」
王は立ち上がり、椅子を蹴り飛ばした。
彼の脳裏には、ガルディア公国の美しい都が灰に帰し、エリシア公女王が自らの足元に跪く、現実離れした妄想だけが肥大化していた。
情報局長が、手元の端末で解析されたデータを淡々と読み上げる。
「ガルディア側に反撃の兆候はありません。都市結界は健在ですが、損耗率は着実に上がっています。……第二撃を叩き込めば、物理的な被害は免れぬでしょう」
「聞いたか! 撃ち続ければ、あいつらも従うのだ!」
ヴァルターは歓喜に瞳を輝かせ、会議室の隅で控えていた文官たちを指差した。
「おい、書け! 今すぐガルディアに送りつける書状を書け!」
指示された文官たちは、顔を見合わせながらも必死にペンを走らせる。
だが、王の口から飛び出すのは、国家間の交渉事とは思えぬほど支離滅裂な内容ばかりだった。
「『今日中に全権を委譲せよ』……いや、『明日までに従属の意志を示せ』に変えろ! 文末には第二撃でまとめて黙らせてやると書き加えろ!」
「……陛下、これでは文体も内容も、外交文書としての体をなしておりません」
宰相が頭を抱え、出来上がった不格好な「継ぎ接ぎの書状」を見て絶望に天を仰いだ。
王の気まぐれが、そのまま国家の意志として綴られ、魔力通信によってガルディアへと送信されていく。
ホログラムの向こう側で、魔術塔総監が最期の、そして虚しい抵抗を試みた。
『陛下、繰り返します……。魔力炉が臨界点に達しています。このままでは塔そのものが──』
「五月蝿いと言っている! 早く撃てッ!!」
ヴァルターが画面を指差し、首筋に血管を浮かべて叫んだ。
『……了解しました。第二撃、準備に入ります』
総監の返答は、どこか諦めに似た冷たさを帯びていた。
王都ノルドヘイム。その外縁に立つ巨大な魔術塔の先端から、天を焦がすような光柱が、先ほどよりも一層激しく輝き始めた。
暴走する魔力が大気を引き裂き、雷鳴のような重低音が大地を震わせる。
それはノルディア王国の栄華の証明などではない。
理屈の通じぬ「暴走した意志」が招く、破滅へのカウントダウンであった。




