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「……これが、第一撃の正体か」
ガルディア軍務局、中央作戦室。巨大なホログラムウィンドウが、王都上空で霧散した白光の残滓を不気味に映し出していた。
情報局長セルヴェン・マリクレアは、眼鏡の奥の瞳に青白い光を反射させながら、解析されたばかりの戦慄すべきデータを円卓へ投影した。
「ノルディアの魔術塔から放たれた弾頭は、純粋な『魔力圧縮体』です。……驚くべきことに、物質的な質量が完全に『ゼロ』なのです」
その言葉が落ちた瞬間、室内に重苦しい沈黙が降りた。
軍務卿レグナード・ファルシオンが身を乗り出し、地鳴りのような声で問い返す。
「質量が、ゼロだと……? 物質が存在しないというのか」
「はい。高密度に圧縮された指向性エネルギーの塊です。質量が存在しない以上、我が軍が誇る対空迎撃ミサイルは、文字通り『空を切る』ことしかできません。物理的な衝突判定が成立しないのです」
宮廷魔術師長が、震える指先でモニターの数値を指し示した。
「速度も異常です。秒速五十キロメートル……。現代魔術の索敵・照準システムでは、弾道計算を終えて迎撃術式を構築する前に、着弾が完了してしまいます。……これは、既存の迎撃理論を根底から無効化する『迎撃不能兵器』です」
「……つまり、都市結界を削り取られるのを、ただ見ているしかないということか」
レグナードの重苦しい呟きに、室内を支配する絶望が色濃くなった。
彼は屈辱に拳を握りしめ、デスクを激しく叩きつけた。
「ならば、撃たれる前に塔そのものを叩くしかない! 全ミサイル基地、及び魔導砲撃部隊に次ぐ。座標は固定されているはずだ。ノルディアの魔術塔を、瓦礫の山に変えてやれ!」
だが、その怒号を遮るように、技術士官が沈痛な面持ちで首を振った。
「不可能です、閣下。あの塔はノルディア王都の都市結界のさらに内側にあります。しかも塔自体が専用の強力な魔力障壁を展開している……。二重の盾に守られた城を落とすには、こちらも戦略級の火力を叩き込むしかありません」
そこで、傍らに控えていた外交官が、耐えきれないといった様子で鋭い声を上げた。
「王都への報復攻撃など、国際同盟の軍事規範に対する明らかな違反です! 万が一、流れ弾が市街地に落ちれば、数十万の民間人が犠牲になる。そうなれば、先に撃ってきたのがノルディアだとしても、ガルディアは世界から『侵略国家』の汚名を着せられることになるのですよ!」
「民が殺されるのを指をくわえて見ていろというのかッ!!」
軍務卿の叫びに応じたのは、これまで沈黙を守っていた宰相リオネス・カーディルだった。
彼は灰青色の髪を整え、冷徹なまでに落ち着いた手つきで手元の書類を整理すると、眼鏡の奥の青灰色の瞳を軍務卿に向けた。
「レグナード閣下。外交官の言う通り、国際社会での孤立は、兵糧攻めによる国家の緩やかな『死』を意味します。……文官の立場から言えば、正当性を失うことは戦略的な敗北と同義です」
「……我々に、反撃の選択肢はありません」
その混沌を断ち切ったのは、玉座に座るエリシアの、静かだが凛とした声だった。
彼女はゆっくりと立ち上がり、窓の外で不気味な歪みを見せる黄金の都市結界を見つめた。
その細い肩には、六億の民の命という、あまりに重すぎる責任がのしかかっている。
「都市結界に全魔力を回し、維持に徹しなさい。国際同盟への緊急要請を最優先とし、第三者の介入を待つ。……それ以外の道は選びません」
「しかし陛下! 次の一撃に、結界が耐えられる保証などどこにも……!」
レグナードが詰め寄るが、エリシアは動じなかった。
彼女の瞳には、一国の主としての冷徹なまでの覚悟が宿っていた。
「それでもです。都市を、人を、我々の手から殺めることはできない。それがガルディアの限界であり……同時に、我々が絶対に手放してはならない誇りです」
エリシアの言葉に、作戦室には重苦しくも清廉な沈黙が落ちた。
その頃、首都外縁部の上空一千メートル。
アレンは、漆黒の瞳で消えゆく魔力の霧をじっと見つめていた。
隣では、リィナが荒い呼吸を整えながら三人の防御術式を再構築し、セリスが手元の端末に映し出された不規則な魔力波形を凝視して唇を噛んでいた。
アレンの「理外の視界」には、ノルディアの魔術塔で再び膨張を始めた、歪な魔力の澱みがはっきりと見えていた。
(反撃はしない。……か。いい国だが、戦いにおいては致命的な甘さだな)
アレンは沈黙し、自身の内側を流れる膨大な魔力の奔流を、次の「修正」のために研ぎ澄ませた。
その直後──。
耳を劈くような、真紅の警報音が作戦室、そして首都全域のスピーカーから絶叫のように響き渡った。
『報告! ノルディア魔術塔、再圧縮を開始しました!』
『第一撃を遥かに凌駕する魔力反応! 臨界点まで、あとわずか!』
「……来るぞ! 結界維持班、死ぬ気で魔力を注ぎ込め!」
レグナードの怒号を背に、エリシアは静かにマイクを手に取り、全市民へ向かって告げた。
「……公女王エリシアより、全市民へ。直ちに地下シェルターへ避難しなさい。……どうか、希望を捨てないで」
夜空を再び、不気味な青白い燐光が覆っていく。
空を切り裂き、すべてを無に帰す「第二撃」を前に、ガルディアの民はただ、自分たちの誇りの象徴である黄金の膜が、最後まで守り抜いてくれることを祈るしかなかった。




