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女神歴二一九六年、十一月一日。
西大陸北部の極寒、ノルディア王国の王都近郊にそびえ立つ巨大魔術塔。その最深部は、物理的な振動を伴う魔力の唸りに支配されていた。
「魔力炉出力、臨界。圧縮陣、全回路同調完了。目標、ガルディアス中央区」
制御盤を凝視する士官の声は、機械的な反復でありながら、これから引き起こされる未曾有の事態への恐怖で微かに震えている。
塔の頂上に鎮座する魔術塔総監は、冷徹な瞳でモニターに映るガルディア公国の防壁を捉え、無機質に、けれど決定的な一言を放った。
「……撃て」
──射出。
士官の指が最終起動スイッチを叩いたその刹那、塔の先端が世界を白一色に塗りつぶすほどの閃光を放った。
放たれたのは、五十筋の“光の槍”。
それは物質的な実体を一切持たない純粋な『魔力圧縮体』であり、既存の弾道理論を根底から無効化する絶望の弾頭だった。
弾頭は秒速五十キロメートルという、地上の魔術兵器としては異常な速度で加速。五百キロメートル離れたガルディアの空へ向けて、死の軌跡を描き出した。
首都外縁部、北の防壁から上空一千メートル。
アレンは漆黒の瞳を細め、北の地平線に輝いた「太陽よりも鋭い白」を捉えていた。
隣に浮遊するセリスが、魔導端末に表示された異常な魔力波形を見て、悲鳴に近い声を上げる。
「発射を確認……ッ! 速い……秒速五十キロ!? あと十秒でここに来ますわ!」
その声が通信回線を通じて軍務局の中央作戦室に届いた瞬間、場は狂乱に包まれた。
「迎撃ミサイル、全二十四基地、起動ッ!」
レグナード軍務卿が机を叩き、怒号を飛ばす。
「間に合わせろ! 飛来する前に叩き落とせ!!」
しかし、操作盤を叩く士官の指が絶望に凍りついた。
「不可能です! ロックオンが完了しません! 目標、質量ゼロ……物理衝突判定が成立しない! ミサイル発射シークエンス終了前に着弾します!!」
「何だと……ッ!?」
その時、玉座から立ち上がったのは公女王エリシアだった。
彼女は自身の右手の薬指に嵌められた『共鳴指輪』を強く握りしめ、かつてないほど冷徹な“戦時の女王”としての貌で断じた。
「迎撃は捨てなさい。すべての魔力を都市結界へ注ぎ込みなさい! 迎撃ミサイルのリソースもすべて魔力供給に回すのです!」
その隣で、宰相リオネス・カーディルは眼鏡の奥の瞳を鋭くし、手元の端末で損耗率をリアルタイムで同期させていた。
「陛下、全ラインを直結させました。……今この数秒で、我が国の年間予算の数パーセントに相当する魔石が灰になります。ですが──民の命には代えられません」
着弾まで、あと五秒。
上空一千メートル。アレンは迫り来る五十の光点を冷徹に分析していた。
彼の隣で、リィナが銀髪を激しい風にたなびかせながら、自身の防御術式の最終調整を行っている。
「アレン様……これ、軌道が広すぎます。このままだと結界の広い範囲に分散して当たって、負荷が一点に集中しません!」
アレンは眉を寄せ、独り言のように零した。
「……ああ。待機場所が悪かったな。四散してからの《魔術消去》じゃ効率が悪すぎる」
「えっ? アレン様、今なんて──」
「少しあの方角に、五キロほど移動する。──離れるなよ」
着弾まで、あと三秒。
アレンが指先を鳴らした刹那、三人の身体は物理法則を無視した速度で水平移動を開始した。
風景が引き延ばされ、一瞬で弾頭の予想着弾点の直上へと滑り込む。
あと一秒。
アレンの漆黒の瞳に、網膜を焼くほどの白光が迫る。
ガルディアの全市民が、天を覆い始めた黄金の結界を見上げ、息を止めた。
──ドォォォォォォォォンッ!!
五十本の光の矢が、ガルディアの空を覆う黄金の結界へと激突した。
音速の百倍を超える速度で放たれたエネルギーの塊が、空間そのものを強引に引き裂く衝撃波となって公都全体を激しく揺らした。
リィナが展開している《三重魔導護膜》が、外側から押し寄せる膨大な魔力圧に「キィィィィィィィン」と高く鋭い悲鳴を上げた。
「……っ……、持ちこたえて……!!」
閃光が収まり、再び空に色が戻ったとき。
黄金の結界は、至る所に亀裂のような光の歪みを残しながらも、辛うじてその形を保っていた。
だが、軍務局に届いた報告は非情なものだった。
「……都市結界、損耗率二十七パーセント! 第五、第九魔力供給ラインが過負荷で焼失!」
「一撃で……四分の一を削られたというのか……」
レグナードが絶句する中、北の空を見つめるアレンの瞳だけは、温度を失ったまま次の一手を見定めていた。
平和だった日常は、この十秒間の沈黙を以て、完全に灰へと帰したのである。




