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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第2章:絆を結ぶオース

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2-3

柔らかな木漏れ日が、木造アパートの低い天井を淡く照らしていた。

アレンは、真っ白なリネンの香りに包まれた布団の中で、ゆっくりと意識を浮上させる。

視界に映るのは、機能的ながらも温かみのある木のはり。故国の実家の無機質な壁紙とも、あの清潔すぎる病院の天井とも違う、どこか懐かしく、そして見知らぬ世界の風景だ。


「……朝、か」


身体を起こすと、強靭な骨格が軋み、微かな関節の鳴る音が静寂に響いた。

アレンの身体には、用意された寝床は少しばかり窮屈だったが、三日間続いたあの沸騰するような倦怠感は完全に消え去っている。

代わりに感じたのは、指先まで満ち満ちた、重厚で静謐な「魔力」の脈動だった。


(とりあえず、俺はどうしたらいいんだろうな……)


昨夜、月が二つある夜空を見て、ここが別の惑星であることを嫌というほど理解させられた。

身分証もなければ、この世界の通貨である「エル」の持ち合わせも一銭としてない。言葉こそ通じるが、看板の文字すら読めない自分は、この高度な魔導文明社会において、赤子も同然の存在だった。


「あ、アレンさん。おはようございます。……もう、起きて大丈夫なんですか?」


キッチンの向こうから、鈴を転がしたような澄んだ声が響いた。

銀髪を後ろで緩くまとめ、清潔なエプロンを身に纏ったリィナが、不器用ながらも甲斐甲斐しく立ち働いている。

香ばしいパンの焼ける匂いと、野菜の甘みが溶け出した温かなスープの香りが鼻腔をくすぐり、アレンの空っぽの胃袋を心地よく刺激した。


「おはよう、リィナ。……ああ、もうどこも痛くない。驚くほど体が軽いんだ」


アレンが食卓につくと、リィナは少しだけ頬を染めて微笑み、手際よく朝食を並べた。

湯気の立つスープを一口啜ると、身体の芯から解きほぐされていくような安堵感が広がる。


「リィナは……普段、何の仕事をしてるんだ? 俺を養うだけでも大変だろうに」


アレンの問いに、リィナは少しだけ視線を泳がせ、指を折りながら一つずつ数え上げた。


「私は……そうですね。薬草の採取や、迷宮ダンジョンの低層での素材集めをしています。たまに町の近くに迷い込んだ魔獣の対応も。ハーフエルフは魔力純度が高いので、こういう仕事には向いているんですよ」


「迷宮、か。……昨日の無人タクシーもそうだが、この世界はかなり文明が進んでいるように見える。魔法の力だけで動いているのか?」


アレンの純粋な疑問に、リィナはパンをちぎる手を止め、丁寧にこの世界の「理」を語り始めた。


「いいえ、アレンさん。エルディアの社会インフラ……基本エネルギーは、実は魔法ではなく『電気』なんです。科学技術としての電力網が世界中に張り巡らされていて、魔法はそれを補うための補助技術という位置づけなんですよ」


「電気……? 魔法じゃなくて、科学の力ということか」


アレンは意外な回答に眉を上げた。魔導文明と聞いて、全てを魔法で解決する世界を想像していたが、実態は驚くほど合理的だった。


「じゃあ、その電気はどうやって作ってるんだ? 火力発電か、それとも……」


「それが、迷宮の資源なんです。アルヴェリア王国にある『蒼風峡谷』のような巨大迷宮から産出される『魔石』。これを燃料にする『魔石発電所』が、現代社会の基盤となる膨大な電力を生み出しています。特に二十一階層から二十五階層の守護獣ボスから採れる高純度な魔石は、たった一個で大きな都市を支えるほどの出力があるんですよ」


(なるほどな。化石燃料やウランの代わりに、魔石がエネルギー源になっているわけか。しかも、あの出力の話が本当なら……地球の原子力発電所並みの基盤インフラが、迷宮探索という命懸けの作業の上に成り立っているのか)


アレンはリィナの説明を頭の中で「地球の知識」に翻訳し、その異常な社会構造を理解した。

高度な電気文明を維持するためには、常に迷宮から魔石を供給し続けなければならない。


「だからこそ、その魔石を命懸けで掘り出し、社会の血液を守る者たちが、この世界では『魔軌士アーク・コントラクター』と呼ばれ、人類最高峰の戦闘階級として尊敬されているんです。……私も、その末端に連なる一人なんですよ」


リィナの華奢な手。薬草の汁で薄く汚れた指先を見つめ、アレンは改めて己の置かれた状況を噛み締めた。

この穏やかな笑顔の裏で、彼女は「身元の知れない男」を救うために、その身を危険に晒して糧を得ようとしているのだ。


「……リィナ。俺は、これからどうしたらいいと思う?」


アレンは真剣な眼差しで尋ねた。

リィナは一度、自身の胸に手を当てて呼吸を整えると、その淡い青色の瞳をまっすぐに向けた。


「アレンさんは……四年後に『黒き災厄』を倒さなければならないと、ルミナちゃんに託されていましたよね。それがセラフィナ様の、千七百年前からの悲願だと」


「……ああ。正直、まだ現実味はないが……」


「それでも、運命は止まってくれません。アレンさんがこの世界で自分自身として立ち、大切なものを守り抜くためには、やはり戦うための力を身につけるべきだと思います。魔術であれ、武器であれ……。幸い、アレンさんの内には、世界の理すら書き換えてしまうほどの、絶大な『理外の力』が眠っていますから」


リィナの言葉は、静かだが、鋼のような確かな重みを持っていた。

アレンは自分の大きな掌を見つめた。

魔術式というフィルターを介さず、魔力を直接弄り回し、空間の糸を読み取ってしまう異質な感覚。


「……そうだな。何もしないまま、君の背中に隠れているわけにはいかない」


アレンは深く頷き、リィナの瞳を見据えた。


「これから、よろしくお願いします、リィナ。俺に、この世界の戦い方を教えてくれ」


「はい……! 私にできることなら、精一杯、アレンさんを支えます」


朝日が差し込む小さな部屋。

一人は、故国を失い、理外の力を宿した異邦人の青年。

一人は、彼を導き、共に歩むことを誓ったハーフエルフ。

食卓を挟んで交わされたその言葉は、エルディアという世界の命運を左右する、あまりに小さく、しかし確固たる「第一歩」となった。


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