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重厚な黒檀の扉が、左右から控えていた衛兵の手によって音もなく開かれた。
アレンを先頭に、リィナとセリスの三人が評議会室へと足を踏み入れた瞬間、室内に充満していた濃密な「政治と軍事の熱気」が物理的な質量を伴って肌を刺した。
そこは公国の屋台骨を支える重鎮たちが一堂に会する、ガルディアの心臓部。
円卓を囲むのは、公国の軍事・行政の最高責任者たちである。
正面に位置するのは、公国軍の最高責任者、軍務卿レグナード・ファルシオン。
黒鉄色の髪を短く刈り上げ、筋肉質な体躯を紺紺の軍装に包んだ彼は、眉間に深い皺を刻み、鋭い蒼灰色の瞳でアレンを射抜くように見つめた。
その隣には、行政の最高責任者である宰相リオネス・カーディル。
灰青色の髪を丁寧に整え、深い青灰色の瞳の奥に老練な知性を宿す彼は、眼鏡の奥でアレンたちの魔力波形を冷静に観察している。
そして、情報局長セルヴェン・マリクレア。
灰金色の髪を後ろへ流し、紺黒のローブを纏った彼は、手元の魔力解析装飾品を操作しながら、データの海に没入していた。
「唯一の特級魔軌士、アレン・ヴァルグレイ。入室いたしました」
事務官の声が静寂を切り裂く。
アレンが末席へ向かう歩みに合わせ、重鎮たちの視線が一本の矢となって彼へと集中した。
それは単なる敬意ではない。国家の存亡を賭けた「唯一の矛」に対する、切実なまでの期待と、逃れようのない重圧の塊であった。
「外務卿。報告を」
軍務卿レグナードの重厚な声が室内に響く。
促された初老の男が、額に滲む脂汗を拭いながら沈痛な面持ちで立ち上がった。
「ノルディア王国は、我が国の大使館通信を完全に監視下に置いていました。実質的な外交断絶……あの強硬声明は、開戦への大義名分作りに他なりません」
外務卿の声は、絶望的な事実を淡々と告げていた。
リィナが微かに息を呑み、隣のアレンの気配を伺う。
アレンは無言のまま、腕を組み、黒い瞳を卓上に浮かぶホログラムへと向けていた。
続いて、情報局長セルヴェンが細い指先で端末を叩いた。
円卓の中央に、ノルディア王国の軍事動向を示すホログラムが鮮やかに浮かび上がる。
「軍の大規模な国境移動は未確認。しかし──」
セルヴェンが特定の座標を指し示す。
そこには、通常の軍事運用ではあり得ない、不気味なほど高密度な魔力反応が一点に集束していた。
「複数地点で魔術塔の出力が臨界まで上昇。……これは『魔力圧縮弾頭』の装填と思われます」
「まさか、戦略級魔術兵器か!?」
軍務卿の問いに、セルヴェンが短く、けれど重く頷いた。
「その可能性が高い。ノルディアは、軍を動かす前に、この首都そのものを射程に収めて攻撃を開始するでしょう」
評議会室を、凍りつくような沈黙が支配した。
暖房が効いているはずの室内で、リィナは肌を刺すような寒さを感じ、自身のショートロッドを忍ばせた袖を強く握りしめた。
セリスもまた、冷静な表情の裏で、かつての祖国の一部であったかもしれない北の地の狂気に、冷徹な敵意を燃やしていた。
「……つまり、すでに我が国は『戦争前夜』にあるということだ」
軍務卿レグナードが、絞り出すような重い声を上げた。
彼はその鋭い視線を、末席に座る一人の男へと向けた。
「アレン殿。君は公国唯一の特級だ。敵が動いた際、初動を任せられるのは……理外の力を持つ君しかいない」
アレンは姿勢を正し、レグナードの瞳を真正面から見据えた。
「……了解しました。最善を尽くします」
短く、一切の気負いを感じさせないアレンの回答。
そのあまりに淡々とした承諾に、宰相リオネスは深い溜息と共に微かに目を見開いた。
(国家の命運を、これほどまでに平然と受け入れるのか……)
「宮廷魔術師長。都市結界の状況は」
軍務卿の問いに、老魔術師が顔を上げる。
「戦時モードへの移行には、陛下の勅命が不可欠です」
その時、評議会室の最深部、黄金の装飾が施された重厚な扉が静かに開いた。
入室してきたのは、ガルディア公女王エリシア・ヴァルステイン・ガルディア。
室内の空気が一変した。
重鎮たちが一斉に起立し、床が鳴るほどの勢いで深く頭を下げた。
エリシアは静かな、けれど逃れようのない威厳を纏った足取りで玉座へと進み、腰を下ろした。
「続けなさい」
その凛とした一言が、会議を最終局面へと導く号砲となった。
宰相リオネスが手元の書類を整理し、改めて議題を読み上げる。
「議題一。ノルディアへの即時対抗措置、および都市結界の戦時モード移行」
「議題二。首都防衛体制の強化、および特級魔軌士アレン・ヴァルグレイの初動任務確定」
アレンは、自分の名が国家の存亡という名の巨大な歯車に組み込まれたことを、肌を刺すような魔力圧として感じ取っていた。
「……皆、覚悟はできているわね」
エリシアが、澄んだ、しかし鋼のような強さを持つ瞳で一同を見渡した。
「これは、我が国の未来を決める会議です」
その言葉は、アレンの胸に深く、楔のように打ち込まれた。
穏やかだった西大陸の秋は終わりを告げ、理外の矛が世界を貫く「真の戦争」が、いま幕を開けようとしていた。




