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サハリス砂漠王国の首都サハラーム。迷宮から一時帰還した三人は、熱気と砂の混じり合う喧騒の大通りを抜け、魔軌士支局へと足を運んだ。
局内には、砂漠の過酷な環境と魔獣の猛攻によって負傷した魔軌士たちの呻き声と、焦げ付いた魔導ポーションの匂いが重く滞留している。
その混沌とした空間を、アレンを先頭に、リィナとセリスの二人が静かに歩む。
「……二十四階層、守護獣の魔石です」
受付のカウンターに、リィナがずっしりと重みのある革袋を置いた。
中から転がり出たのは、鈍い闇の光を放ちながら不気味に脈動する、巨大な魔力結晶。
これまで名だたる上級魔軌士(No.101~)の探索隊が幾度も敗北し、サハリスの歴史において未攻略とされてきた「砂の巨人」の核──その現物であった。
「な……っ!? こ、これは……まさか……!」
窓口の職員は、魔石が放つ圧倒的な「死の残滓」と魔力圧に当てられ、顔を蒼白にして絶句した。
震える手で鑑定具を当てるが、針は一瞬で振り切れ、エラー音を響かせる。職員は弾かれたように奥へと走り去っていった。
数分後、三人は並んで待つ他の探索者たちの、畏怖と疑念が混ざり合った視線を背に浴びながら、支局長室へと招かれた。
「特級No.11、アレン殿。……まさか、本当の意味で『散歩』を成し遂げられるとは」
老練な支局長サイードは、机の上の魔石を、まるで神の心臓でも見るような目で見つめていた。
深層級ボスの魔石は、その純度と安定性を測定し、正確な価値を算定するだけで数日を要する代物だ。
「価値の決定には時間がかかります。まずは預かり証を発行しましょう。……公国の『象徴』の実力、しかと見届けました」
「助かる。頼むよ」
アレンは短く答え、リィナが事務的に、けれど完璧な所作で書類を受け取った。
三人が退室した後も、支局長はしばらく椅子に深く沈み込んだまま、目の前の理外の事実がもたらす国際情勢の激変を予感し、震えを抑えられずにいた。
支局を出て、紫色の夕闇が迫るサハラームの街角を歩く。
ふと、アレンの視線が、セリスが肩に下げている小振りの鞄に留まった。
「セリス。その鞄……お気に入りか?」
「え? ええ、とても。以前、ガルネリア本店で仕立てていただいたオーダー品ですから」
セリスは不思議そうに頷いた。一分の隙もない彼女にとって、その鞄は数少ない個人的な愛用品の一つだった。
アレンは無言で歩み寄り、その鞄の金具にそっと手を触れた。
アレンが持つ、魔術式という概念を介さない《魔力直接操作》の力が、鞄の内側の空間構造を瞬時に組み替え、上書きしていく。
「……よし。その鞄、俺の《空間収納》と共有化したぞ」
「共有、ですか……?」
セリスの青い瞳が驚きに揺れる。
「ああ。そこに入れた物は自動的に俺の保管空間に収納される。取り出しも自由だ」
「……っ! 本当に、アレン様は何でもなさるのですね。……ありがとうございます。大切にしますわ」
セリスは上気した顔で、改造されたばかりの鞄を愛おしそうに抱きしめた。
アレンの行動は常に合理的だが、その根底には仲間への静かな配慮が潜んでいる。それを知るセリスの心には、誇りと恋情が混ざり合った温かな熱が灯っていた。
ふと、アレンは後ろを歩く二人の会話に耳を向けた。
「セリス、次の深層攻略に向けて、もう少し精神安定用の精霊茶を買い足しておきましょうか」
「そうね、リィナ。砂漠用の高カロリー保存食も、もう少し種類があった方が良いかもしれませんわ」
以前は「リィナ様」「セリス様」と他人行儀に呼び合っていた二人が、今は自然に呼び捨てにし、肩を並べて笑い合っている。
二十四階層での、互いの命を預け、主の背中を追ったあの死戦が、二人の絆を「姉妹」に近い強固なものへと変えたのだ。
「……二人とも、仲が深まったな」
アレンが何気なく指摘すると、二人は一瞬だけ顔を見合わせ、それから恥ずかしそうに、けれど幸せそうに微笑んだ。
だが、その平穏な空気は、突如として破られた。
三人の腕にあるアーク・リンクが同時に、かつてないほど激しく、けたたましい警告音と共に震えたのである。
セリスが素早く端末を起動し、その表情を一瞬で鉄の規律を持つ軍人のものへと引き締めた。
「……アレン様。ガルディア公国宮殿、軍務局より上級通達です」
「通達?」
「『宮殿軍務評議会』の緊急招集。国防に関する、特例事項を含む重大案件とのことです……。すぐに戻りましょう、アレン様」
リィナもまた、不安げにアーク・リンクの青白い画面を見つめ、震える指先で自身のショートロッドを確かめた。
「ガルディアに……一体何があったのでしょう。これほど強い魔力通信、普通ではありません」
アレンは沈黙し、漆黒の瞳を北の空へと向けた。
彼の「理外の視界」は、遥か彼方、ガルディアの空を覆い始めようとしている「歪な不協和音」を微かに捉えていた。
「……行くぞ。休んでいる暇はなさそうだ」
三人は宿泊先のホテルへと駆け戻り、最低限の装備を整えた。
客室の中央、アレンはゆっくりと右手を掲げ、ガルディア公国宮殿内に設けられた、重鎮のみが知る「専用転移部屋」の座標を脳裏に固定した。
「リィナ、セリス。離れるな」
「はい!」
アレンが指先を鳴らした刹那。
白銀の光の奔流が三人を包み込み、サハリスの乾燥した熱風は、音もなく世界から消え去った。
次の瞬間、三人の肺に流れ込んできたのは、ひんやりとした石造りの建物の空気と、重苦しい軍靴の響きだった。
そこは公国宮殿、アレン専用の転移室。
平和な迷宮攻略の時間は唐突に終わりを告げ、激動の戦乱、そして「世界の理」を巡る戦いへと、彼らは引き戻されようとしていた。




