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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第10章:誓導者の試練

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10-6

砂の巨人を打ち倒し、その核たる巨大な魔石を回収した三人は、さらに迷宮の奥、二十五階層へと足を進めた。

そこは、四大迷宮の一つ『幻砂冥廊げんさめいろう』において、現代魔術の理論が完全に通用しなくなるとされる「深層」の入り口。

神殿の回廊を模した石造りの通路を抜けた先にある安全地帯に辿り着いたとき、三人の足音は石床に重く響いた。


「……ここが、二十五階層の安全地帯……」


リィナが荒い呼吸を整えながら、周囲を見渡した。

戦闘衣装は、激戦の余波で砂埃を被り、美しく整えられていた銀髪も汗で額に張り付いている。

彼女は自身の内側を流れる魔力残量を確認し、言いようのない重圧に肩を震わせた。

特級No.11の誓導者として、主の魔力を受け止め、同時に《三重魔導護膜トリプル・アークシェル》を二十四階層ボス戦の極限状態で維持し続けた疲弊は、彼女の想像を遥かに超えていた。


「深層に入ってから……空気が、ずっと重いですわね……」


セリスもまた、重厚な石壁に背を預けて深く息を吐き出した。

彼女の青い瞳には、勝利の昂揚感とともに、色濃い疲労の色が滲んでいる。

上級魔軌士(No.101~)ですら到達することさえ叶わなかった未知の領域。

そこに満ちる精神干渉の波動は、リィナの障壁に守られているとはいえ、彼女たちの精神を内側から確実に削り取っていた。


アレンは、疲れ果てた二人の様子を、感情を読み取らせない漆黒の瞳で見つめていた。

彼の身体には、戦いの傷も、息切れの兆候すらも存在しない。

ただ、その周囲には、迷宮の悪意を一方的に押し返す「理外」の静寂だけが漂っていた。


(二人とも、限界に近いな。……これ以上の進軍は、ただの無茶だ)


アレンは、迷宮深層においては「準備不足」こそが死に直結する最大の要因であることを冷徹に理解していた。

二人は二十四階層の主を仕留めるという、歴史的な成果を上げた。

今はその成果を定着させ、崩れかけた魔力回路を休ませるべき時だ。


「……よし。ここで一度、地上に戻るぞ」


アレンの低く落ち着いた声に、二人が驚いたように顔を上げた。


「え……? 戻る、のですか?」

「アレン様……まだ、私たちは戦えますわ。もう少しだけなら……」


二人の言葉には、主の期待に応えたいという不退転の決意と、一人の戦士としての意地が混ざっていた。

だが、アレンは静かに首を振った。


「いや、十分だ。二人だけでここまで来たし、上級魔軌士が敗退したボスも倒した」

アレンは二人の瞳を真っ直ぐに見据え、言い聞かせるように言葉を継いだ。

「まずはその成果を喜び、身体を休めろ。……深層を舐めるな。準備のない勇気は、ここじゃただの自殺志願だぞ」


その冷静で重みのある言葉に、二人は言葉を飲み込んだ。

主への絶対的な信頼が、彼女たちの意地を、心地よい納得と安心へと変えていく。


「……はい。アレン様がそう仰るなら……」

「……分かりましたわ。一度戻って、また万全の準備で挑みましょう」


アレンは二人の返答に小さく頷くと、安全地帯の中心へと歩みを進めた。

彼はゆっくりと目を閉じ、迷宮の深層に流れる、空間の歪みを伴った魔力の「座標」を読み取り始めた。


(……座標、固定。位相のズレは……許容範囲内か)


アレンの手のひらから、既存の魔術体系には存在しない「無属性」の魔力が黒い燐光となって溢れ出し、空間に不可視の刻印を刻んでいく。

二十五階層、転移座標の固定。


「アレン様……転移の準備ですか?」


「ああ。次に来る時は、ここから再開できる」


「……本当に、何でもできるのですね、アレン様は」


セリスが感嘆の溜息を漏らし、リィナもまた、尊敬を通り越した憧れの眼差しを主に向けた。

現代魔術の極致とされる理論を易々と踏み越える、理外の魔術《空間転移スペース・シフト》。

二人は、自らの主がこの世界のことわりそのものを書き換えようとしていることを、魂の深部で改めて実感していた。


「離れるなよ。──《空間転移スペース・シフト》」


アレンが指先を軽く鳴らした。

視界が鮮烈な白光に包まれ、空間が物理的に折り畳まれる衝撃が三人を襲う。

次の瞬間、肺に流れ込んできた空気の密度と「質」が劇的に変化した。


「……戻ってきた……!」


リィナが目を開けると、迷宮一階層の入り口があった。

迷宮の奥深くでは感じられなかった、地上特有の湿り気を含んだ風が三人の頬を撫でる。


「深層の空気と違って……息がしやすいですわ……」


セリスが胸を撫で下ろし、張り詰めていた緊張をようやく解いた。

上級魔軌士が往路だけで二十日近くを要する絶望的な道のりを、アレンの力は一瞬で無へと帰したのだ。


迷宮の重厚な石門を潜り、外の世界へと踏み出す。

そこには、苛烈な太陽が地平線を黄金色に焼き、すべてを包み込むような熱気が渦巻くサハリス砂漠王国の首都、サハラームが広がっていた。


「……帰ってきましたね、アレン様」

「ホテルで……ゆっくり休みましょう。シャワーが恋しいですわ」


二人の疲れ切った、けれど確かな達成感に満ちた横顔に、アレンも微かに口角を上げた。


「ああ。今日は泥のように眠れ」


三人は市場の喧騒を通り抜け、街の中心部にオアシスの如くそびえ立つ最高級ホテル『ヴァルシオン・ホテル』へと向かった。

砂漠の迷宮攻略、その第一段階は、完全なる勝利と二人の誓導者の劇的な成長を以て幕を閉じたのである。


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