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迷宮『幻砂冥廊』、二十四階層の安全地帯。
砂塵の音すら届かない石造りの小部屋は、外の熱気が嘘のような不気味な静寂に支配されていた。
リィナはアレンとセリスに向き合った。
「……今日が、二十四階層のボス戦ですね」
彼女が精神を集中させると、指先から編み出された魔力の糸が三人の身体を包み込んでいく。
物理、魔術、衝撃──三層の絶対防御が体表わずか一センチの位置に定着する。
──《三重魔導護膜》。
「頼む」
「お願いしますわ、リィナ。……いつも通り、完璧な守りですわね」
アレンの短い言葉と、セリスの信頼に満ちた返声。
再構築された障壁の淡い光が、三人の決意を静かに照らし出していた。
二人の胸には、恐怖を塗りつぶすほどの強い誓いが宿っている。
主の隣に立つ者として、この未攻略の領域で強くなった自分たちの姿を見てほしい──その純粋な渇望が、彼女たちの魔力を研ぎ澄ませていた。
二十四階層。そこは、果てしなく続く巨大な砂の神殿だった。
雲を突くほどに高い天井からは微細な砂が絶え間なく舞い踊り、視界を黄金色の霞が覆っている。
だが、この広大な空間には異様なまでの「静寂」が満ちていた。
かつて上級魔軌士の探索隊を幾度も退けてきたはずの魔獣が、一匹たりとも姿を見せないのだ。
「……アレン様、魔獣がいませんわ。気配さえも……」
「ここまで来ても、迷宮はアレン様を避けているのですか……?」
「気のせいだろ。ボス部屋へ急ぐぞ」
アレンは平然と答えるが、二人は確信していた。
「理外」の力を宿す男を前に、迷宮の生態系そのものが恐怖し、平伏するように道を譲っているのだと。
やがて、一行は広間の最奥、巨大な砂の門の前に到達した。
その重厚な石扉の向こう側に、未攻略の主が潜んでいる。
「二人だけでやってみろ。危なくなったら助ける」
アレンが壁に背を預け、静かに促した。
二人は迷いなく頷き、戦士の顔で門を押し開いた。
「はいっ!」
「全力で……やってみせますわ!」
扉が開かれた刹那、砂の渦巻く広間が姿を現した。
中央で膨大な砂が集束し、巨大な人型を形成していく。
砂の巨人。
身長十メートルを超え、全身に土と闇の属性を帯びた砂の鎧を纏う守護獣が、不気味な咆哮と共に強力な精神干渉の波動を放った。
「っ……! 視界が……!」
「幻が……足元が砂に沈んでいくようですわ……!」
二人の視界が歪み、過去の記憶が濁流となって押し寄せる。
だが、リィナが維持する《三重魔導護膜》が、その悪意に満ちた波動を外層で「パリン」と弾き飛ばした。
「大丈夫……まだ、いけます……!」
「リィナ、合わせますわ!」
戦闘が開始される。
リィナは光盾の「通し穴」をミリ単位で調整し、セリスの魔術を通す隙間を確保しながら、風属性で周囲の砂の流動を抑え込む。
「──《真空刃》!」
風の刃が巨人の腕を削り、砂の結合を弱めた瞬間、セリスが間髪入れずに追撃を叩き込む。
「──《火槍》! 続けて──《氷槍》!」
急激な加熱と冷却。
熱膨張の物理法則により、巨人の頑強な砂の装甲に目に見える亀裂が走る。
(いい連携だ。属性の特性をよく理解している)
アレンは沈黙したまま、二人の成長を「理外の視界」で見守っていた。
「グォォォォッ!」
巨人が怒り狂い、その巨大な拳をリィナへと振り下ろした。
凄まじい風圧と共にリィナの《三重魔導護膜》が衝撃を吸収し、空間を揺らす轟音が響き渡る。
「っ……、外層にひびが……! セリス、今のうちに!」
「ええ、任せてください!」
セリスが《閃光砲》を放ち、巨人の視界を奪う。
さらに《嵐雷撃》の紫電が、その巨体を強制的に麻痺させた。
巨人が膝をつく。
「セリス……今です!」
「はいっ!!」
セリスの魔力が、アレンとの循環によって極限まで高まった。
彼女が選択したのは、六属性を連続で切り替え、弱点部位を絶え間なく叩く「高速連撃」。
火、風、雷、光、氷、そして再び火。
属性の奔流が巨人の胸部を穿ち、砂の奥に隠された、不気味に輝く「核」を露出させた。
「これで、終わりですわ! ──《光槍》!」
セリスの最高純度の光が、巨人の核を真っ向から貫いた。
一瞬の静寂の後、十メートルを超える巨躯は音を立てて崩れ、ただの砂塵となって広間に舞った。
舞い散る砂の中、アレンがゆっくりと二人の元へ歩み寄り、手を叩いた。
「……よくやった。二人とも、本当に強くなったな」
その一言。
上級魔軌士の精鋭さえ敗北した強敵を、自分たちの力だけで討ち取ったことへの、偽りのない賞賛。
「~~~~っ!」
「ア、アレン様……そんな……」
リィナは感極まって瞳を潤ませ、セリスは上気した顔を真っ赤にして俯く。
暗い砂漠の迷宮に、立派な誓導者として歩み始めた二人の、誇らしげな微笑みが美しく咲いた。




