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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第10章:誓導者の試練

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10-4

迷宮『幻砂冥廊げんさめいろう』、二十一階層の安全地帯。

そこは砂塵の音さえ届かない、不気味なほどの静寂に包まれていた。

岩壁の隙間から染み出す魔力光が、冷たい石床の上で休息を取る三人の影を細長く落としている。


「……今日も掛け直しますね。アレン様、セリス」


リィナが銀髪を指先で整え、凛とした大人の女性の佇まいでアレンとセリスに向き合った。

彼女が掌をかざし、静かに魔力を編み合わせる。

それは、迷宮の「精神干渉」ということわりから魂を切り離すための儀式。


──《三重魔導護膜トリプル・アークシェル》。


三人の身体を、淡い白銀の燐光が優しく包み込んでいく。

物理的な砂の重圧、魔術的な干渉、そして内側から精神を削る衝撃──。

それらを個別に遮断する多層の膜が定着したのを確認し、アレンは歩き出した。



安全地帯を出た瞬間、大気の「重さ」が物理的な質量を伴って変化した。

砂の壁が心臓の鼓動のように不規則に震え、角の向こう側からは無数の魔獣が放つ湿った熱気と、剥き出しの殺意が押し寄せてくる。


だが、その直後だった。


「──キシャァァァァッ!?」


前方の曲がり角から飛び出そうとした砂棲させいの魔獣たちが、アレンの姿を視認した刹那、断末魔のような悲鳴を上げた。

彼らは攻撃の手を止めるどころか、まるで太陽に焼かれる雪のように、我先にと暗がりの奥へと反転し、砂を巻き上げて逃げ去っていく。


「……えっ……?」

「今、アレン様を見た瞬間に逃げましたわよね……?」


リィナが呆然と呟き、セリスが驚愕に青い瞳を揺らす。

アレンは漆黒の瞳を細め、逃げていく砂塵を冷淡に眺めながら、事もなげに応じた。


「気のせいだろ。ほら、先を急ぐぞ」


しかし、それは決して気のせいではなかった。

アレンが通路を一歩進むたび、前方で待ち構えていた気配が霧散し、壁際に追い詰められた魔獣は砂に溶けて同化し、震えながら「存在を消そう」と必死に足掻いている。


(……魔獣は魔力感知が鋭い。俺の魔力を『捕食者』ではなく、世界の理そのものを上書きする『危険物』だと判断しているのか)


アレンは内心で自身の異質性を再認識していたが、それを口にすることはなかった。


魔獣がアレンを避けるため、二人の戦闘機会が極端に減ってしまう。

「実力を試したい」と意気込んでいた二人の誓導者は、ついにアレンに強硬手段を願い出た。


「アレン様、お願いです、少し後ろに下がっていてください!」

「私たちだけで、ちゃんと戦いたいんですわ! これでは修行になりませんもの!」


二人はアレンから三十メートル以上の距離を取り、敢えて自分たちの魔力を周囲に霧散させ、魔獣を引き寄せる戦術をとる。


「……わかった。無理はするなよ」


アレンが距離を置くと、ようやく「理外の脅威」が去ったと判断した魔獣たちが、飢えた獣の本能を取り戻して姿を現した。

だが、そこには特級No.11に鍛え上げられた、二人の誇り高き戦士が待ち構えていた。


リィナは光盾の形状変化をミリ単位で制御し、魔獣の猛攻を受け流しながらセリスの死角を完璧に埋める。

セリスはその安定した防御を背に、複合属性魔術を次々と叩き込んだ。


「──《氷槍アイス・ランス》! 続けて、《嵐雷撃ストーム・ブレイク》!」


氷の槍が魔獣の足を止め、直後に放たれた風と雷の合技がその巨体を内側から粉砕する。

後方で見守るアレンの目には、二人の連携がもはや「二人一組デュオ」としての完成形に近づいているのが見て取れた。



二十二階層に入ると、異常は迷宮の「構造」そのものにまで波及した。


アレンが歩く先では、砂の壁の脈動がピタリと止まり、精神を惑わすはずの幻影が音もなく霧散していく。

流れる砂の滝さえも、アレンの足元を避けるように左右二手に分かれ、彼が通り過ぎた後にようやく元の流れに戻るという、物理法則の拒絶。


「……迷宮そのものが、アレン様を避けているようですわ」

「アレン様の周りだけ……まるで、別の世界のことわりで動いているみたいです」


「気のせいだ」


短く切り捨てるアレンだが、二人はもはや信じていない。

彼が持つ、魔術式という「道具」を介さない魔力直接操作が、迷宮の基盤となる法則さえも力づくでねじ伏せているのだ。


二十三階層に至っては、魔獣は姿を見せることさえ拒んだ。

アレンの気配を僅かにでも察知した瞬間、通路の先で何かが慌てて逃げ去る、砂が擦れる乾いた音だけが響く。


「アレン様、もっと……もっと離れていてください!」

「姿を見せずに逃げられては、本当の強敵と戦えませんわ!」


二人の必死の訴えに、アレンは溜息混じりにさらに距離を置く。

離れた場所で展開される、烈火と白銀の閃光。

リィナの障壁が精神干渉を完全に無効化し、セリスの《光槍ライト・ジャベリン》が闇に潜む敵の核を正確に貫く。


やがて、二十三階層の最奥。

三人の前に、これまでとは比較にならないほど巨大な、砂を固めて作られた「二枚の門」がそびえ立った。


その先が、二十四階層。

上級魔軌士の探索隊が幾度も敗北を喫し、現代魔術の理論が通じないとされる、死の「深層」の入り口だ。


「……アレン様。私たち、ここまで来られました」


リィナが汗の滲んだ拳を握り締め、真っ直ぐに主を見上げる。

その瞳には、かつての弱気な面影はなく、守るべき者のために戦う女性の意志が宿っていた。


「次は……二十四階層ボスですわね。準備はできていますわ」


セリスもまた、乱れた金髪を払い、不退転の決意を青い瞳に宿して頷いた。


「ああ。二人ならできるはずだ。俺は……変わらず、後ろで見ているよ」


アレンの信頼の言葉に、二人は頬を上気させ、立派な誓導者の顔で力強く応じた。

未攻略の領域を切り拓くための、真の試練が、いま幕を開けようとしていた。


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