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サハリス砂漠王国の朝。地平線から昇る太陽は、すべてを焼き尽くすような苛烈な黄金の光を地上へと投げかけていた。
巨大な砂の神殿を思わせる迷宮『幻砂冥廊』の入り口。
熱風が舞い、細かい砂の粒子が肌をチリチリと焼くような感覚の中、三人の影が砂地に長く伸びていた。
アレンは、砂嵐に目を細めることもなく、無機質な神殿の入り口をただ見つめていた。
黒髪を風に遊ばせ、周囲の探索者たちが発する精神的な焦燥や恐怖を、他人事のように受け流している。
彼の隣には、銀髪をたなびかせたリィナと、凛とした立ち姿のセリス。
二人は、魔術衣装を纏い、戦闘態勢を整えていた。
「……さて。しばらくは二人だけでどこまで頑張れるか、見てみたい」
不意に放たれたアレンの低く落ち着いた声に、二人の身体が弾かれたように強張った。
「えっ……ええええっ!? アレン様、今、なんて……?」
「わ、私たちが、二人だけで……ですの?」
リィナが淡い青色の瞳を驚きに見開き、セリスが困惑を隠さず青い瞳でアレンを仰ぎ見る。
二人は既に、ガルディア公国の最高位の教育機関を卒業した立派な誓導者としての自覚を持っているが、主である特級No.11との「実戦」で放置されるという想定は、彼女たちの思考の外にあった。
「ああ。俺は後ろで見ているだけにする。……危なくなったら助けるから、好きにやってみてくれ」
アレンはそれだけ言うと、歩き出した。
二人は顔を見合わせ、言葉にならない意志を交わした。
特級魔軌士の隣に立つ者として、拒絶という選択肢はない。
ましてや、ここは十階層までは初心者帯とされる領域。
だが、二人の背を焼くのは、迷宮の恐怖以上に「アレン様の前で無様な姿は見せられない」という強烈な緊張感と、一人の戦士としての矜持だった。
(二人なら、協力すれば三十階層まではいけるはずだ)
アレンは二人の背中を見つめながら、その潜在能力を冷徹に分析していた。
防御と回避において類稀なる才を持つリィナ。
六属性すべてを使いこなし、精緻な攻撃術式を構築するセリス。
アレンとの魔力循環によって、彼女たちの魔力量は既に一般の上級魔軌士を遥かに凌駕しているのだ。
迷宮の入り口、砂を固めて作られた巨大な門を潜ると、空気が一変した。
風もないのに足元の砂が生き物のように蠢き、壁の奥からは迷宮全体が呼吸しているかのような不気味な脈動が伝わってくる。
「……ここが……幻砂冥廊……」
「空気が……重いですわね。精神を蝕むという噂、伊達ではありませんわ」
リィナがショートロッドを握りしめ、セリスが自身の腰のレイピアに手を添える。
一歩、また一歩と石の床を踏みしめる音が、深い闇の中に吸い込まれていった。
一から五階層までの進軍は、驚くほどスムーズだった。
通路から這い出してきた砂のサソリや、浮遊する眼球状の魔獣に対し、二人の連携は無駄がなかった。
「──《雷槍》!」
セリスが指先を掲げると、紫電の奔流が空間を裂き、襲い来る魔獣を瞬時に砂塵へと還した。
万が一の接近を許しても、リィナが常時展開している《三重魔導護膜》が「パリン」と乾いた音を立てて物理的な接触を拒絶し、敵を力強く弾き飛ばす。
「……あれ? 意外と……いけますね、セリス様」
「ええ。……アレン様が見ているから緊張しましたけれど、私たちの積み重ねは裏切りませんわ」
戦いの中で、リィナの防御を起点とし、セリスが最適な属性で追撃するという歯車が噛み合い始める。
アレンは一言も発さず、ただ二人の動きと魔力の流れを「理外の視界」で観察し続けていた。
だが、アレンだけが気づいている「異変」があった。
現れる魔獣たちが、リィナたちの攻撃を恐れる以上に、アレンの「存在」そのものを察知した瞬間にあからさまな拒絶反応を示しているのだ。
壁の隙間から這い出そうとした魔獣が、アレンと視線が合った瞬間に、悲鳴を上げるような音を漏らして砂の中に消えていく。
(……やはり、俺の魔力が迷宮の生態系に干渉しているな)
理の守護者としての力が、迷宮の法則を無意識のうちに押し返している。
それが深層への伏線になることを予感しながらも、アレンはあえて沈黙を守り、二人の成長を促すための「観測者」に徹していた。
「アレン様……私、もっと強くなります。あなたを守るだけでなく、支えられるように」
「私もですわ。……あなたの隣に立つのに、誰からも疑われない誓導者になってみせます」
休憩中、水筒の水を分け合いながら、二人の女性は上気した顔で決意を告げた。
アレンは微かに口角を上げ、短い言葉を返した。
「二人とも、すでに十分強い。……だが、もっと上へ行ける」
その確信に満ちた言葉に、二人の頬に赤みが差し、力強い頷きが返る。
砂漠の迷宮攻略、その第一歩は、理外の男を追う二人の静かな、けれど熱い闘志と共に刻み始められた。




