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女神歴二一九六年、九月一日。
首都ガルディアスの象徴たる白亜の宮殿は、朝から不純物を一切排したような独特の緊張感に包まれていた。
抜けるような青空から差し込む陽光が、歴史ある石造りの回廊を鮮やかに照らし出し、空気中には微細な魔力の粒子が精霊の息吹のように舞っている。
アレンとリィナは、正面玄関で待機していたセリスと合流した。
「おはようございます、アレン様、リィナ様」
そこに立っていたのは、公国より支給された一億エルのフルオーダー品──漆黒の戦闘衣装を完璧に着こなしたセリス・ヴァレンティアだった。
金髪を高く結い上げ、背筋を真っ直ぐに伸ばした彼女の佇まいは、一国の精鋭としての気品と、新たな主を支えるという不退転の決意に満ちている。
その澄んだ青い瞳の奥には、かつての親友であるリィナと共にアレンを支える日を迎えられたことへの、形容しがたい喜びが微かに滲んでいた。
身体を揺らし、漆黒の戦闘衣を纏ったアレンが、セリスに向かって短く頷く。
「ああ。今日からよろしくな、セリス」
「はい。この身を捧げ、精一杯努めさせていただきますわ」
セリスが凛とした所作で深く一礼する。
アレンを中心に、銀髪のリィナと金髪のセリスが左右に従う。
その光景は、歴史に名を連ねる伝説の英雄が、二人の守護天使を伴って現れたかのような圧倒的な威容を放っていた。
二人の誓導者を従えた新たな「特級魔軌士」の体制が、いま、公国の歴史を塗り替えるべく静かに動き出したのである。
宮殿の最深部、豪奢な装飾が施された「謁見の間」。
高い天井には歴代の守護者を描いた絵画が並び、重厚な扉が開かれた瞬間、場に居並ぶ閣僚たちの視線が、物理的な圧力となってアレンへと殺到した。
正面の玉座に鎮座するのは、ガルディア公女王エリシア・ヴァルステイン・ガルディア。
彼女は穏やかながらも、国家元首としての揺るぎない威厳を纏い、アレンたちを静かに見つめていた。
「本日、ここに正式に発表します」
エリシアの清廉な声が、静まり返った広間に地鳴りのように反響した。
「セリス・ヴァレンティアは八月末日を以て女王付き特別補佐官の契約を満了しました。本日、九月一日付を以て──特級魔軌士 No.11、アレン・ヴァルグレイと雇用契約を締結。肩書きは同じく『女王付き特別補佐官』とします」
重鎮たちの間に、さざ波のようなどよめきが走った。
公国の至宝と謳われたセリスを誓導者として従え、覇権国家をも震撼させた「理外の男」が、正式に自国の戦力となった。
その事実が持つ政治的・軍事的な質量を、この場にいる誰もが本能的に理解していた。
エリシアは微笑みを深め、アレンを真っ直ぐに見据えた。
「良く来てくれました。アレン殿、これからよろしくお願いいたしますね」
「ああ。よろしく」
アレンの返答は、あまりに短く、あまりに気負いがなかった。
「……か、軽い……軽すぎる……」
最前列にいた財務卿が絶句し、脂汗を拭いながら小声で漏らした。
だが、それは不敬なのではない。アレンという男の「理」が、既存の権威や序列などという矮小な枠組みを、初めから認識していないがゆえの自然体であった。
エリシアの紹介により、公国の閣僚たちが次々とアレンへ挨拶を行う。
宰相、軍務卿、情報局長、そして財務卿。
なかでも、公国の軍事の中核を担う魔術師団長と騎士団長は、隠しきれない歓喜にその瞳を輝かせていた。
「これで我が国も、特級持ちの強国となんとか渡り合える……」
魔術師団長が安堵の溜息を漏らすと、隣の筋骨隆々とした騎士団長が豪快に笑い飛ばした。
「がっはははは! なんとかどころではないわい! あの帝国やアルヴェリアを一人で震撼させた男だぞ! 公国の未来は明るいな!」
アレンの戦力を正しく、かつ恐ろしく理解している者ほど、その加入が公国にもたらす「力」の大きさを、震えるような喜びと共に受け止めていた。
謁見を終えた一行は、外界の喧騒を遮断した公女王の執務室へと移動した。
アレンは無造作にポケットから、先日街の宝飾店で購入した一対の指輪を取り出した。
「陛下、これを受け取ってください。俺が作成した『共鳴指輪』です」
「共鳴指輪……?」
エリシアが不思議そうに首を傾げると、アレンは淡々とその「理」を説明した。
「俺がどこに居ても、陛下がこれに魔力を流せば、俺の指にある指輪が呼応して光り、知らせを送ります。逆も可能です。迷宮内ではアーク・リンクによる外部通信が遮断されますが、これは空間の理を無視して繋がります」
アレン独自の無属性魔力によって構築された、既存の魔術理論では説明不能な「理外の魔導具」。
エリシアは興味深げに指輪を手に取ると、少しだけ悪戯っぽく、傍らに控えるリィナとセリスの反応を伺うように指先を眺めた。
「あら……どうしようかしら。どの指がいいかしらね」
エリシアはふふ、と微笑みながら、あえて空いていた右手の薬指に、そっと指輪を差し込んだ。
その瞬間、リィナとセリスの身体が、氷を背筋に入れられたかのように一瞬で強張った。
右手の薬指──それがエルディアにおいて、そしておそらくアレンの故国においても持つ「象徴的な意味」を、乙女たちが意識しないはずはなかった。
リィナは銀髪の影に隠れた耳たぶを赤く染め、セリスは凛とした表情の裏で、微かに指先を震わせた。
指輪は内蔵された魔術式によって自動でサイズを調整し、エリシアの細く白い指に吸い付くように馴染んだ。
彼女が試しに微かな魔力を通すと、アレンの左手にあった指輪が、鮮やかな白銀の輝きを放ち始める。
「すごい……! 本当に連動しているのですね」
セリスが驚愕の声を上げ、専門家としての好奇心を覗かせる。
アレンが逆に魔力を流すと、今度はエリシアの薬指にある石が、淡く、けれど力強い光を宿した。
「……素晴らしい。心強いわ、アレン殿」
「その指輪は陛下専用です。他人は使用できません」
アレンは周囲の感傷をよそに、規格外の技術を淡々と披露し続ける。
「もし追加が必要なら作りますが……材料も術式も特殊なので単純には増やせません。それなりに費用もいただきます」
「ははは! アレン殿は商売もなかなかの腕ですな!」
情報局長の茶化すような笑い声が執務室に響き、張り詰めていた空気はようやく和やかなものへと変わっていった。
公女王と魔軌士を繋ぐ、消えることのない光の絆。
それはガルディア公国にとって最強の外交カードとなり、アレンにとっては、この見知らぬ世界で生きていくための「新たな誓約」の一つとなったのである。




