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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第7章:鉄の要塞を「散歩」する男

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8-9

女神歴二一九六年、七月一日。

中央大陸南部に位置するアルヴェリア王国の首都アルヴェンは、世界樹の加護を受けた湿り気を帯びた清浄な空気に包まれていた。

この国特有の、精霊の息吹を感じさせる爽やかな風が街路を吹き抜け、行き交う人々の表情を穏やかに染めている。


アレンとリィナの二人は、慣れ親しんだ石畳の道を歩み、アルヴェリア魔軌士局支局へと足を向けた。

目的は、十日おきに恒例となっている定例の魔石交換である。


「特級魔軌士 No.11」という、一国を左右するほどの重い称号を背負いながらも、アレンたちの佇まいは変わらない。

長身の身体を漆黒の戦闘衣に包んだアレンと、その傍らで銀髪をなびかせ、柔らかな光を纏うリィナ。

支局の重厚な魔導門を潜った瞬間、ロビーの喧騒が一瞬だけ凪ぎ、次いで親愛と畏怖の混じった視線が二人へと集まった。


「アレン様、リィナ様。お疲れ様です! 支局長がお待ちですよ」


受付の女性が、事務的な対応を通り越して親しげな笑みを向ける。

既に二人は、この支局において知らぬ者のいない「特別な常連」となっていた。


案内された支局長室。

重厚な木製の扉の先で待ち構えていた支局長レイフォルト・ハーグレンは、二人の姿を認めるなり、こめかみを押さえながら深く、重いため息を吐き出した。


「……また一段と、深いところへ行ったようだな。魔力の残滓が、肌を刺すほどに濃い」


アレンが机の上に無造作に並べたのは、迷宮『蒼風峡谷』三十九階層の通常魔石、そして同階層の守護者から得られた巨大なボス魔石だった。

三十九階層は、現代の人類がいまだ足を踏み入れることさえ叶わなかった完全なる「未踏域」である。


レイフォルトは震える指先で魔石の鑑定具を動かし、その純度を確認していく。

室内の空気は、三十九階層の魔石が放つ圧倒的な魔力圧によって、まるで深海にいるかのような重苦しさに支配されていた。


「……間違い、ない。……前回の三十八階層ボス魔石の換金分、既に口座へ振り込んである。これが三十九階層の預かり証だ」


アレンは差し出された書類を無言で受け取り、アイテムボックスへと収納した。

事務的な手続きが完了し、いつものように立ち去ろうとするアレンを、レイフォルトが鋭い眼光で引き留めた。


「……待ってくれ。業務はここまでだが、アレン殿、王宮から使者が来ておってな」


レイフォルトは慢性的な胃痛を堪えるように腹部を押さえ、居住まいを正した。


「国王レオニス・アルヴェリア陛下より、直々に『引見の誘い』を預かっている。……陛下の、切なる願いだ」


「……引見?」


アレンは露骨に眉を寄せ、面倒そうな表情を隠さなかった。

彼にとって権力者との対峙は、迷宮の主を屠るよりも遥かに神経を逆撫でされる、合理性のない作業でしかなかった。


「……どうする、リィナ。俺はどっちでもいいんだが」


「アレン様が決めてください。私は、どこまでもおそばにおりますから。たとえそれが、王宮の奥深くであっても」


リィナが淡い青色の瞳を真っ直ぐに向け、確固たる決意を告げる。

アレンは数秒の沈黙の後、レイフォルトの額に滲む脂汗と、レオニス王という人物の「柔軟な王」としての評判を天秤にかけた。


「……わかった。十日後の七月十一日。次の魔石交換の際に、引見を受けよう」


「こちらの定期業務の都合に合わせるとは……。陛下も随分と柔軟な、いや、あなたという存在を尊重されているのだな」


レイフォルトは驚きに目を見開きつつも、肩の荷が下りたように安堵の息を漏らした。



七月十一日。引見の当日。

二人は再び、アルヴェンの街路を抜け、魔軌士局の門を潜った。


「今日の提出物はこれだけだ。……四十階層の通常魔石」


アレンが差し出したのは、四十階層の通常魔石のみだった。

前回分の三十九階層ボス魔石の換金処理は滞りなく進められたが、レイフォルトは不思議そうに机を見つめた。


「……四十階層のボス魔石は、ないのか?」


「ああ。あれは、ちょっとな」


アレンは視線を逸らして言葉を濁した。

隣で、リィナがふふ、と悪戯っぽく微笑んでいるのをレイフォルトは見逃さなかった。

それが「国王への贈り物」として秘匿されていることを知るのは、いまこの場では二人だけである。


「……まあ、よい。準備は整っている。参りましょうか」


支局長自らが案内役となり、三人は世界樹の加護を受けていると言われるアルヴェリア王宮へと向かった。

緑豊かな庭園と、精霊の加護を感じさせる幻想的な白石の建築。

その深部で待つ理知的な王、レオニス・アルヴェリアとの対峙。

一人の理外の男の存在が、王国の歴史という名の静止した水面に、大きな、けれど確かな波紋を広げようとしていた。


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