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ガルディア公国の首都ガルディアス。その石畳の街並みは、春の柔らかな午後の陽光に包まれていた。
世界最高峰の魔術衣装店『ガルネリア本店』を後にした二人の足取りは、いつになく軽やかだった。
リィナは、一億エルという天文学的な価値を持つフルオーダーの白銀衣装に身を包み、まるで夢見心地で首都の通りを歩いていた。
「アレン様、見てください……! このドレス、歩くたびに光の粒が流れるみたいで……。ラインが、本当に綺麗です……!」
彼女はショーウィンドウのガラスに映る自分の姿を見つけるたび、足を止めてはスカートの裾を揺らし、淡い青色の瞳を輝かせて微笑む。
その所作には、深層迷宮の死闘を潜り抜けてきた「伝説の誓導者」としての重圧はなく、ただ新しい服を買ってもらった年相応の女性としての無邪気さだけが溢れていた。
アレンは身体を揺らし、新調された漆黒の戦闘衣を纏って彼女の隣を歩く。
リィナが足を止めるたびに、彼は文句一つ言わずに立ち止まり、その様子を穏やかな眼差しで見守っていた。
「……ああ。そうだな。お前には、その色が一番よく似合っている」
その短い言葉に、リィナは林檎のように頬を染め、「ふふ、本当にお気に入りなんです!」と嬉しそうに微笑み返した。
だが、その平和な午後の空気は、前方から響き渡った暴力的な喧騒によって一変した。
「おい、公園の方だぞ!」「魔軌士同士の決闘だってよ!」
「特級から落ちた奴が暴れてるらしいぞ!」
野次馬たちが次々と通りを駆け抜け、一つの方向へと集まっていく。
リィナが不安げにアレンを見上げると、彼は「空気の揺らぎ」を敏感に察知し、眉を寄せた。
「……決闘騒ぎか?」
「元No.100が暴れてるらしい、なんて声も聞こえますね……」
女神歴二一九六年四月一日。魔軌士局の階級判定会議による国際序列の更新は、アレンという「理外」の出現によって、多くの者の人生を狂わせていた。
彼が第十一位に食い込んだことで、それ以下の序列は玉突き状に繰り下げられ、境界線上にいた者は「特級」の称号を失ったのだ。
「……見に行きます?」
「……行く。様子を見ておこう」
公園の中央には、魔術式によって仕切られた即席の決闘スペースが展開されていた。
観客は冒険者や市民、商人たちで埋め尽くされ、中心からは剥き出しの怒号が響く。
「せっかく特級No.100になったのに……! 上級なんかに戻れるわけねぇだろ!!」
中心で声を荒らげているのは、血走った眼をした男だった。
かつて特級の末席に名を連ね、今月の改定で上級魔軌士No.101へと降格したばかりの「元・特級」。
その対面に立つのは、現・特級魔軌士No.90。
どちらも背後には、魔力波長を同期させた誓導者を伴っている。二対二、魔力署名を伴う公的な決闘形式。
「……とっとと特級に返り咲くんだよ! 喰らえ!」
戦闘が開始された瞬間、空気が熱を帯びて膨張した。
No.90は土属性の重厚な盾を多層展開し、堅実な守りから隙を伺う戦い方を選ぶ。
対する元No.100の男は、失った地位への執着を魔力に変えたかのような、荒々しくも鋭い炎の連撃を叩き込んだ。
火花が散り、衝撃波が観客席を守る防壁を叩くたび、周囲から悲鳴と歓声が上がる。
「やっぱり特級は桁違いだぜ……」「降格したとはいえ、あの威力かよ」
アレンは腕を組み、その攻防を「理外の視界」で静かに観察していた。
彼の目には、現代魔術の理論に縛られた術式の綻びや、焦燥によって揺らぐ魔力の流れが、手に取るように透過して見えていた。
「……上級の方が強そうだ」
アレンが短く呟くと、リィナが驚いたように小声で応じた。
「アレン様、やっぱり分かるんですね。あの方……確かに番号は落ちていますが、魔力の純度が高まっています。悔しさをバネに、土壇場で成長しているのかもしれません」
数字上の序列と、現実の戦闘力。その逆転は既に起きていた。
激しい攻防の末、元No.100が放った渾身の火槍が、No.90の障壁を一点突破で粉砕した。
膝を突き、苦渋の表情で敗北を認めるNo.90。
「……上級が勝ったぞ!」「五月の序列、こりゃひっくり返るな!」
湧き上がる歓声の中、勝利した元No.100の男は、共に戦った誓導者の女性を力一杯抱きしめ、地位の奪還を確信して狂喜した。
来月、彼は特級No.90へと返り咲く。それは、一国を滅ぼしうると定義される「強者の座」への、血の滲むような執念の結果だった。
リィナはその光景を、同じ魔力循環誓約を結ぶ者として、どこか微笑ましそうに見守っていた。
だが、アレンは既に興味を失ったように、淡々と踵を返した。
「……帰るか」
世界最強の十人に肉薄するNo.11という頂に立ちながら。
男は自分の番号を巡る醜くも切実な闘争などには目もくれず、ただ、人混みの中で汚されないよう、隣を歩く銀髪の少女の「一億エルのドレスの裾」を気にしていた。
「はい、アレン様!」
二人の背中を、街灯の魔力光が黄金色に照らし出す。
序列という世界の鎖を嘲笑うかのように、理外の男と銀髪の少女は、再び穏やかな散歩へと戻っていった。




