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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第7章:鉄の要塞を「散歩」する男

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8-2

西大陸南西、バルムート王国の巨大交易都市アルカ・マリティマ。

その中心部に、エルディア全土の魔石交換と階級管理を一手に司る「世界の審判所」──魔軌士局本局がそびえ立っている。

女神歴二一九六年、三月末。

本局の最深部に位置する円卓会議室では、翌月一日に公表される国際序列を決定する「魔軌士階級判定会議」が執り行われていた。


重厚な石壁に囲まれた室内は、天井の魔導照明が放つ無機質な光に照らされ、冷徹なまでの緊張感に支配されていた。

円卓を囲むのは、各国の利害を代表する老練な評議員たち。

ここで決定される番号(No.)は、単なる強さの指標ではない。それは一国の国防予算を左右し、国家間の軍事バランスを規定する「絶対基準」である。


だが、今月の議場は例年になく、剥き出しの殺気と焦燥が渦巻いていた。


「……議題を再開する。先月の『蒼風峡谷』の件だ」


議長であるオルディス・マリクレインの声が、沈黙を切り裂くように響いた。

その声には、長年世界の秩序を守ってきた自負と、それを脅かす「未知」への忌々しさが混じっていた。

評議員たちが一様に、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


先月、アルヴェリア王国の迷宮『蒼風峡谷』にて、未攻略であった二十五階層から二十七階層を、わずか数日の間に連続撃破した謎の男。

局は彼の魔力署名を精査した末、「魔軌補」から一気に「上級魔軌士 No.101」へと、前代未聞の三階級特進を決定した。


「『迷宮攻略と対人戦闘は別物だ』……! 先月、そう断じて彼の特級入りを拒んだのは、どこのどいつだ!」


一人の評議員が、拳で机を激しく叩きつけた。

書類が宙に舞い、重厚な木材が悲鳴を上げる。

先月の判断は、「特級魔軌士」という神聖な枠組みと、その権威を守るためのものだった。

迷宮を歩くのが上手いだけの探索者が、一国を滅ぼしうる特級の戦士より強いはずがない──。

魔軌士局が積み上げてきたその「慢心」が、いまや鋭利な刃となって彼らの喉元に突きつけられていた。


「……帝国支局より、優先度『極大』の速報が入りました」


報告者の声が、震えている。

中央のホログラムウィンドウに、ヴァルゼン帝国の迷宮『帝国魔導要塞』の観測ログが青白く映し出された。


「帝国魔導要塞、二十八階層。……守護者が撃破されました」


室内の温度が、数度下がったかのような錯覚が一同を襲った。

二十八階層。それはヴァルゼン帝国が誇る「特級魔軌士 No.10」ガルド・エルネストが、帝国の威信を懸けて何度も挑み、その都度、血を流して敗退を喫していた絶望の深淵である。


「……撃破者は?」


オルディス議長が、掠れた声で問い返す。


「……確認されました。魔力署名は先月の蒼風峡谷攻略者──『アレン・ヴァルグレイ』と、完全に一致しております」


「馬鹿な……っ!」


怒号が爆発し、会議室は一瞬にして阿鼻叫喚の戦場と化した。

局の権威が、その根底から崩れ去ろうとしていた。

特級第十位のガルドが、軍の大部隊を率いても超えられなかった壁を、自分たちが「ただの上級(No.101)」と定義した男が、事もなげに踏み越えていったのだ。


「バカヤロー! なぜ先月、特級に昇進させなかったんだ!」

「せめてNo.100にでも押し込んでおけば、実力伯仲と言い訳できたものを!」


評議員たちは青ざめ、互いに責任を擦り付け合う。

だが、混乱の極致にありながらも、全員の胸にある結論は一つだった。

この男を、もはや「特級」という枠の外側に留めておくことは、物理的にも政治的にも不可能だ。


議論は数時間に及び、激昂と絶望の末に、ついに最終的な裁定が下された。


「……当該人物、アレン・ヴァルグレイを、四月一日付で『特級魔軌士 No.11』へ昇格させる」


議長の震える宣告に、反対する者は一人もいなかった。

実績だけで言えば、第十位のガルドを抜き去り、「世界最強の十人」に名を連ねる資格は十二分にある。

しかし、特級上位陣との「対人決闘デュエル」のデータが皆無である以上、十位の壁を越えさせるわけにはいかなかった。

第十一位。それが、局が自らのプライドを守るために捻り出した、限界の数字だった。


「No.11……。国家最強戦力の筆頭か」

「それに伴い、No.11からNo.100までの階級保持者は、順次番号を一つずつ繰り下げとする。……元No.100の者は、上級魔軌士への降格だ」


非情な通告。だが、それが魔力署名と迷宮実績のみを唯一の神とする、魔軌士局の鉄の掟である。


女神歴二一九六年、四月一日。

アレン・ヴァルグレイの名は、世界最強と謳われる戦士たちと肩を並べ、全世界へ向けて公表される。


『特級魔軌士、No.11』


世界はまだ知らない。

この歴史的な昇格すら、彼にとっては迷宮の土を踏むのと変わらぬ、些細な通過点に過ぎないことを。

「理外の男」が刻み始めた足跡は、エルディアが数千年かけて築き上げた既存のヒエラルキーを、そして世界の在り方そのものを、根底から塗り替えようとしていた。


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