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ルミナが数万の光の粒子となって亜連の胸へと消え去った、その刹那だった。
──ドクン。
耳朶を打つ音ではない。世界そのものが、巨大な心臓となって脈動したかのような地響きが世界樹を震わせた。足元の黄金の樹皮から凄まじい衝撃波が走り、大気中の魔力粒子が狂ったように乱反射を繰り返す。
「……あ、ガはっ……あ……っ」
覚醒に伴う熱量がいまだ亜連の五内を焼き続けていた。沸騰する溶岩を無理やり血管に流し込まれたような激痛。彼は巨躯を激しく震わせ、逃げ場のない熱に耐えるように樹皮を強く掴んだ。指先が黄金の木肌に深く食い込み、爪の間から熱い魔力が逆流してくる。
しかし、異変はそれで終わらなかった。
一度は静まりかけた世界樹の光が、意志を宿した生き物のようにうごめき始めたのだ。四散していた黄金の燐光が、重力と理を無視して亜連へと収束していく。
「……世界樹が……アレンさんに……応えてる……?」
リィナが、涙に濡れた青い瞳を驚愕に見開いて呟いた。
彼女の知る歴史において、世界樹は常に中立であり、慈悲深くも無機質な神の如き存在だった。特定の個人の意志に応えることなど、数千年の神話にも語られていない。だが今、天を衝く巨大な「神の樹」は、明確に目の前の男を……異世界から来た一人の「異邦人」を、その懐へと招き入れようとしていた。
黄金の奔流が亜連の身体を優しく、それでいて抗いがたい圧力で包み込む。
それは先ほどの強制起動による暴力的な痛みとは対極にある、春の陽だまりのような、あるいは母の温もりを彷彿とさせる慈愛の魔力だった。世界樹の膨大な記録と生命力が、亜連の内に開いたばかりの魔力回路と共鳴し、魂の最も深い場所へと刻印されていく。
「世界樹の加護」の発現。
亜連の逞しい胸元、太い腕、そして鋭い輪郭を描く首筋に、複雑で美しい蔦状の光の紋様が浮かび上がった。生命の循環を象徴するその古代の紋様は、彼の鼓動に合わせて呼吸するように明滅し、やがて皮膚の下へと溶け込んで消えた。
しかし、亜連はその確かな「重み」を全身で感じていた。
意識が白く染まる渦の中で、彼は一瞬だけ「誰か」の気配に触れた。
優しく、懐かしく、そして胸を締めつけるほどに悲しい気配。
それは言葉ですらなく、明確な姿を持つ記憶でもなかった。ただ、数世紀を隔てた時間の向こう側から届いた、微かな残り香のような残響。
かつてこの場所で彼を召喚し、世界の運命を、そして己の愛のすべてを託したエルフの天才、セラフィナの残り香だったのか。
「……そうか……分かるぞ……」
やがて光は収まり、世界樹は元の静けさを取り戻していった。
亜連は自身の胸にそっと手を当て、肺の奥に溜まった灼熱を吐き出すように、重苦しい溜息を漏らす。
「俺は……この世界に……『受け入れられた』んだな……」
その言葉は、もはや「亜連」という異邦人のものではなかった。
リィナは涙を浮かべながら、慈しむような、祈るような笑みを浮かべた。
エルディアという世界に拒絶されるべき存在だった彼は、今この瞬間、世界の希望として正式に迎え入れられたのだ。
だが、理外の奇跡がもたらした代償は、人間の肉体にはあまりに過酷だった。
ルミナの吸収、魔力回路の強制起動、そして世界樹の加護による情報の過負荷。
一度に押し寄せた絶大な負荷が、亜連の精神と肉体の限界を無慈悲に超えさせる。
視界が急激に暗転した。
足元の巨大な根が、まるで断崖絶壁のように傾いていく。
「アレンさん……!?」
リィナの悲鳴のような呼び声が、遠く、霞んだ意識の向こう側へと遠ざかっていく。
一九二センチメートルの巨躯が、糸の切れた人形のように力なく崩れ落ちた。
薄れゆく意識の淵で、彼は最後に見た。
必死に手を伸ばすリィナの、白銀の髪が美しく揺れる様子を。
「アレン……」
無意識に、彼は自分自身の「新しい名」を唇に乗せた。
運命という名の嵐は、この静寂の底から始まった。




