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二十八階層の守護者を「静かに」粉砕し、アレンとリィナは迷宮『帝国魔導要塞』を脱出した。
重厚な魔導門を潜り地上へ降り立つと、帝都イグナイトの冷たく乾いた空気は、迷宮へ入る前よりも一層張り詰めているように感じられた。
覇権国家が総力を挙げても突破できなかった壁を、わずか二名で、それも半日足らずの「散歩」で踏破したという事実は、まだ誰も知らない。
アレンが背負う麻袋の中には、一階層から二十八階層までの全守護者の魔石が揃っている。
それは帝国にとって、喉から手が出るほど欲しい「未踏域の記録」そのものだった。
「……行きましょう、アレン様。まずは実績の登録と、換金の手続きを」
銀髪を揺らすリィナの足取りは、主の偉業を背負っているという自負ゆえか、どこか誇らしげで迷いがない。
二人は鉄とコンクリートが支配する大通りを抜け、帝都の魔軌士局へと足を向けた。
局の巨大な自動扉が開いた瞬間、室内の喧騒が、まるで魔法で消されたかのように一瞬で静まり返った。
そこは他国の支局とは異なり、受付というよりは軍の前線基地のような硬質な緊張感に満ちている。
待合室にいた歴戦の魔軌士たちが、一斉にその視線を、身体を揺らして入ってきた黒髪の青年へと向けた。
「……おい、あれが噂の二人組か?」
「ハーフエルフを連れた『黒髪』……。二十五階層を超えて消えたっていう、例の……」
低く、けれど隠しきれない畏怖を帯びた私語が室内に波及する。
アレンは居心地が悪そうに眉を寄せ、背後の視線を無視するようにポケットに手を突っ込んだ。
(……どうして、もう噂になってるんだ。目立ちたくはないんだがな)
リィナは周囲の視線を柳に風と受け流し、落ち着いた足取りで受付へと向かった。
彼女は透き通った声で、事務的に、しかし一分の隙もない丁寧さで告げた。
「二十八階層までのボス魔石、全ての換金をお願いします。……それと、支局長への引見をお願いできますか?」
受付の女性の手が、打ち込んでいたキーボードの上で凍りついた。
「……えっ? い、いま何と……二十八……?」
「はい。二十八階層までのフルセットです」
「し、少々お待ちください……! すぐに、すぐに確認して参ります!」
青ざめた受付嬢が、背後の執務室へと転がるように駆け込んでいく。
程なくして、二人は一般の窓口ではなく、重厚な防魔障壁で守られた特別応接室へと案内された。
「……私が、この支局を預かるガウスだ」
現れたのは、黒い軍服風の外套を纏った威圧感のある男だった。
その眼光は鋭く、一戦を退いた老将のような風格を漂わせている。
「初めまして、支局長。アレン・ヴァルグレイの誓導者、リィナ・フェルウェンと申します」
リィナが非の打ち所のない礼儀で一礼すると、ガウスの険しい表情が、その洗練された所作に毒気を抜かれたように微かに和らいだ。
「……まずは、見せてもらおうか。それが本当なら、帝国の歴史が動くことになる」
アレンは無造作に麻袋を机の上に置くと、中の魔石を一つずつ取り出し、並べ始めた。
一階層、五階層、十階層……。
そして最後に、一際巨大で、火と闇の魔力を禍々しく放つ二十八階層の魔石が机に置かれた。
室内の空気は、その魔石が放つ圧倒的な魔力圧によって、肌を刺すような重圧に支配された。
呼び出された鑑定士が、震える手で魔石を一つずつ確認していく。
二十八階層の魔石に鑑定具をかざした瞬間、鑑定士は悲鳴のような声を上げた。
「ひっ……! ま、間違いありません……! これは、この迷宮の……二十八階層守護者の核です!」
ガウス支局長は絶句し、勢いよく椅子を蹴って立ち上がった。
「……帝国が、特級魔軌士まで投入して届かなかった深層の魔石を……。どうやって手に入れた?」
「順番に進んで、討伐しただけです」
リィナが事もなげに答えると、支局長は理解不能といった様子で、ただ面倒そうに視線を逸らしているアレンを見上げた。
ガウスは深く息を吸い、自身の震える指先を隠すように組み、重い口調で告げた。
「二十八階層ボス魔石の換金額は……私の権限だけでは今すぐには決められん。これは単なる魔石ではない。帝国の軍事、財務──皇宮の全機関が関わる『国家案件』だ」
「……時間がかかるのか?」
アレンが短く尋ねると、ガウスは深く頷いた。
「十日ほど時間をくれ。帝国として正式な換金額を協議し、最高値で買い取ることを約束しよう」
「承知いたしました。では、十日後にまた伺います」
リィナは迷いなく了承し、優雅に一礼して部屋を後にした。
換金の手続きを終え、二人が局のロビーに戻ると、そこはすでに蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
「本当に二十八階層を……?」
「たった二人で……特級十位のガルドを追い越したのか……?」
「帝国の深層攻略の常識が、根底からひっくり返るぞ……!」
リィナは静かに微笑み、アレンの大きな隣を歩く。
帝都イグナイトを包む重厚な空気が、今、二人の「理外の男」と「銀髪の少女」を注視し、激しく揺れ始めていた。




