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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第7章:鉄の要塞を「散歩」する男

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7-1

ガルディア公国の首都、ガルディアスの夜が静かに更けていく。

最高級『ヴァルシオン・ホテル』の最上階。遮熱と防魔が施された厚いガラス窓の向こうには、魔導の灯が宝石を撒いたように煌めく機能美に満ちた夜景が広がっていた。


アレンは、身体を深いソファに沈め、手元のグラスを揺らした。氷が触れ合う澄んだ音が、贅を尽くした室内に微かに響く。彼は自身の、節くれだった大きな掌をじっと見つめた。


「……三兆エル。本当に、国家専属の傭兵になっちまったな」


その数字は、かつて故国という国でアスファルトの上を歩いていた「亜連」という一人の青年には、到底現実味のない天文学的な質量だった。一個人が国家の戦略兵器として、一国の年間予算に匹敵する額で雇われる。エルディアの理に染まりつつある今の彼にとっても、それはどこか奇妙な浮遊感を伴う事実だった。


隣に座る第二の誓導者、セリスが仲間として加わってくれたことは、今の彼にとって大きな安心材料だった。だが、一方で、適当に迷宮の浅層で魔石を拾い、気ままな日銭を稼いでいた日々を、アレンは少しだけ懐かしく思っていた。彼にとって、これまでの探索は「楽をして効率よく稼ぐ」ための手段に過ぎなかったからだ。


アレンは胸にそっと手を置いた。

薄いシャツ越しに感じるのは、自身の心臓の鼓動。そして、その奥に溶け込み、今は魔力の一部となった小さな妖精の、消えることのない温もり。


(……ルミナ。お前も喜んでいるんだろうな)


女神セラフィナが危惧していた『黒き災厄』の予兆。いつか来るべき決戦のため、そして自分を信じて魂を託した者たちのために。今は歩みを止めるわけにはいかない。


アレンは視線を上げ、銀髪を揺らして控えていたリィナを見た。


「リィナ、次の行き先を決めたぞ」


「はい、アレン様。どこへ向かいましょうか?」


リィナが、信頼に満ちた淡い青色の瞳を輝かせる。


「世界一の国……ヴァルゼン帝国だ。まずは最強を自称する国ってやつを、この目で偵察しておこうと思ってな」


リィナは少しだけ意外そうに目を見開いたが、すぐに唇の端を緩めて微笑んだ。


「……本音は、迷宮『帝国魔導要塞』が目的ですよね?」


「……まぁ、な」


アレンは図星を突かれ、居心地が悪そうに視線を逸らした。

数日後。二人はガルディア空港から大型の魔導旅客機に乗り、東大陸へと渡った。


目的地は、世界最強の覇権国家、ヴァルゼン帝国の首都イグナイト。

高度一万メートルから見下ろすイグナイトは、鉄とコンクリート、そして青白い魔導の火が混ざり合う、巨大で冷徹な城塞都市だった。軍事・経済・人口のすべてにおいて世界一を誇る大帝国の威容は、豊かな自然を残す中央大陸のアルヴェリアとは比較にならない重厚さと、張り詰めた圧迫感を放っている。


宿泊先は、この帝都でも最高級を冠する『ヴァルシオン・ホテル』だった。

到着するなり、リィナは手慣れた様子で、最上階の魔軌士専用スイートの年間契約を済ませていく。かつてのアパート暮らしが嘘のような、淀みのない手捌きだった。


「毎回思うが……お前、こういう手続きの手際が良くなったな」


「もう慣れましたから。アレン様の『空間転移スペース・シフト』の起点となる固定座標も、確保しておかないといけませんし」


ロビーでチェックインを待っていた時のことだ。

自動ドアが開くと同時に、アレンの肌を、ただならぬ魔力の気圧が撫でた。


「……ん?」


視線を向けると、重厚な魔導装甲を纏った大柄な男がロビーを横切っていた。背後には誓導者と思われる二人の男女、そして数名の伝達兵を従えている。その歩みには、一国を背負う軍人特有の、冷徹で硬質な規律が宿っていた。


(……なるほど、それなりに強そうだ。だが、三十階層クラスの守護獣よりは落ちるな)


アレンが「理外の視界」で内心値を踏んでいると、リィナが耳元で小さく囁いた。


「アレン様、あの方……特級魔軌士No.10、ガルド・エルネストです」


「へぇ……。あれが十番か」


帝国に雇用されている世界最強の一角。だが、ガルドたちはアレンという「異質」の存在に気づくこともなく、そのまま重厚な軍靴の音を響かせて去っていった。


「行くか、リィナ。まずは情報収集だ」


帝都の魔軌士局支局は、これまでに見たどの国の支局よりも、異常な活気に満ちていた。

行き交う魔導兵士や魔軌士たちの間に、奇妙な焦燥感が漂っている。


受付の女性に迷宮『帝国魔導要塞』の現状を尋ねると、彼女は青ざめた顔で声を潜めた。


「現在、アルヴェリア王国の迷宮『蒼風峡谷』で換金された、例の高純度魔石の件で帝国全土が揺れております」


未攻略だった二十五階層のボス魔石、そしてさらなる深層の魔石が市場に流れたという怪情報。それが他ならぬ目の前の男の仕業であるとは知らず、ヴァルゼン皇帝ダリオスは、他国に探索実績で先を越されることを極端に恐れ、焦燥の極みにあった。


「そのため、異例の措置として特級魔軌士No.10、ガルド様が大規模クランを率いて迷宮に投入されています」


通常、国家雇用の特級魔軌士は迷宮探索という「現場」には駆り出されない。だが帝国はメンツを保つため、なりふり構わず最強戦力を注ぎ込んでいた。


「ガルド様の参戦後、二十五階層から二十七階層までを瞬く間に突破されました。ですが……」


「停滞しているのか?」


「はい。現在は二十八階層の守護者を前に、攻略が完全に止まっております」


アレンは、口角を微かに上げた。

最強の国家が総力を挙げ、特級魔軌士を投入してなお阻まれる、絶望の壁。


「……なるほど。面白くなってきたな」


「アレン様。やっぱり、行くんですよね?」


「もちろんだ。世界一の迷宮ってやつを、拝ませてもらうとしよう」


二人は騒がしい局を後にし、鉄の巨塔が天を圧するようにそびえ立つ迷宮の入り口へと、静かに視線を向けた。


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