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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第6章:新たな誓導者

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6-7

三者会談から数日が経過した。公都ガルディアスの街並みに冬の湿り気を帯びた夜風が吹き抜ける頃、最高級『ヴァルシオン・ホテル』のスイートルームに、一人の軍人が訪れた。

漆黒の軍服に身を包んだセリス・ヴァレンティア。

その背筋は鉄のように真っ直ぐに伸び、瞳には数日前の困惑を完全に断ち切った、揺るぎない強い光が宿っていた。


室内では、身体をソファに深く預けたアレンと、その隣に寄り添うように座るリィナが彼女を迎え入れた。

リィナが淹れたばかりの茶の香りがリビングに漂う中、セリスは二人の前で立ち止まると、一人の軍人として、そして誓導者候補としての最上級の礼をもって厳かに頭を下げた。


「……アレン様。リィナ様。先日のお話……誓導者の件、お受けしたいと思いますわ」


セリスの口から発せられた明確な承諾の言葉。リィナが、隣で小さく安堵の息を呑むのがアレンにも伝わってきた。

だが、セリスは顔を上げると、誠実な、けれど譲れない「責務」を抱えた表情で言葉を継いだ。


「ただし、わたくしは現在ガルディア公国と雇用契約を結んでいます。その任を途中で放り出すことは、辺境伯家の誇りにかけても許されません。契約が満了するまで、あと七か月。それまで待っていただけますか?」


「問題ない。君の都合を優先してくれ。……俺たちは急いじゃいない」


アレンが迷いなく即答すると、セリスの張り詰めていた表情に、ようやく春の雪解けのような安堵の色が混じった。

だが、彼女は次に、言い淀むように一度だけ視線を落とした後、決死の覚悟を秘めて再び口を開いた。


「それともう一つ。わたくしが国との契約を満了した後で構いません。……アレン様ご自身が、ガルディア公国と正式に契約していただくことは……可能でしょうか?」


「っ……」

リィナが驚きに青い瞳を見開く。

アレンは窓の外、魔導光に彩られた首都ガルディアスの夜景を静かに眺め、思考を巡らせた。

最強国家の期待、そして目の前の少女の切実な願い。アレンは数秒の沈黙の後、静かに答えた。


「七か月待つのは構わない。だが、国との契約は別の話だ。俺はこの国のことをまだよく知らない。……少し、考えさせてくれ」


「……はい。それで、十分ですわ。……ありがとうございます」


セリスは深く、もう一度頭を下げた。

リィナは隣で、新しい仲間の決断を心から歓迎するように、優しく穏やかな微笑みを浮かべていた。


翌日、ガルディア公国宮殿。セリスは公女王エリシアの前に跪き、昨夜の正式な報告を行っていた。

「そう。アレン殿が、あなたを誓導者に……。よかったわね、セリス」


エリシアは胸を撫で下ろし、我が事のように慈愛に満ちた笑みを浮かべた。

「ただ……我が国との契約については、『考えさせてほしい』とのことでした」


「それで十分よ、セリス。あの男が我が国を『考慮』してくれる。……それだけで、十分すぎるほどの成果だわ」


公女王は満足げに深く頷いた。理外の男を国家に繋ぎ止めるための、細い、けれど確かな因果の糸が手に入ったのだ。



その日の夜。ヴァルシオン・ホテルのリビングには、外界の喧騒を遮断する結界の静寂だけが流れていた。

アレンは隣に座るリィナに、ふとした疑問を問いかけた。


「なぁ、リィナ。ガルディア公国って、お前にとってどんな国なんだ?」


リィナは淡々と、まずは知識としての説明を始めた。

「この国は、議会付き専制政治を採っています。八年ごとに四大公爵家から公王が選ばれるんです」


「なるほど。権力が回るなら、腐敗もしにくいな」

「ええ。治安も良く、国民の満足度も高い国ですよ」


リィナは淡々と説明を続けていたが、ふと、窓の外を見つめたまま視線を伏せた。

アレンはその指先の微かな震え、波長の揺らぎを逃さなかった。

「お前にとっては……どうなんだ? この国は」


「……ここは、私とセリス様の生まれ故郷です。……でも。私にとっては、あまりいい思い出がありません」


アレンは何も言わず、静かに彼女の次の言葉を待った。

リィナは、自らのルーツを辿るように、一文字ずつ噛み締めるように語り始めた。


彼女はガルディアの辺境にある田舎の村で、ハーフエルフとして生まれた。

幼少期から突出した魔力を持ち、両親は娘の才能を信じていた。

「娘に最高の教育を」と、彼らは無理をして、生活を削ってまで彼女を誓環学院へと入れたのだ。


だが、残酷な運命は唐突に訪れた。中等部三年の夏、両親が事故で急逝したのである。

リィナは学院を中等部で卒業し、天涯孤独の身となって、独り故郷の村へと戻った。


「そこで私を待っていたのは……『社会的いじめ』でした」


ハーフエルフという種族への根強い偏見。そして、村の誰よりも突出した才能への醜い嫉妬。

何より彼女を苦しめたのは、生まれ持った固有能力である『思考読解』の力だった。


「周囲の悪意が……直接、頭の中に流れ込んでくるんです。嘘も、蔑みも。……人の心が、ドロドロとしていて……」


卒業後、魔軌士として一年半を過ごしたが、誰も信じられなくなった彼女の心は摩耗し続け、どこにも居場所はなかった。

「最後は血縁を頼ってアルヴェリア王国へ移住しましたが、家から一歩も出られませんでした。……そんな時……ルミナちゃんに出会ったんです。そして、アレン様に」


リィナは顔を上げ、潤んだ青い瞳で真っ直ぐにアレンを見つめた。

「だから私は……アレン様と一緒にいる今が、世界で一番幸せなんです。……たとえ、この国が私を歓迎していなかったとしても」


静寂が広いリビングを包み込む。

アレンは隣に座るリィナの、震える小さな肩を、そっと大きな掌で抱き寄せた。


「……そうか。話してくれて、ありがとう」


「……はい、アレン様」


リィナは安堵したように彼の温もりにその身を預け、穏やかに微笑んだ。

過去の傷跡を共有し、二人の絆は、いかなる魔力契約よりも深く、揺るぎないものへと変わっていく。


窓外、ガルディアスの夜空には二つの月が昇り、寄り添う二人の影を静かに照らし続けていた。


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