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セリス・ヴァレンティアとの邂逅から数日。彼女からの正式な回答を待つ一週間の「空白」の中、ガルディアスの朝は、抜けるような冬の青空と共に訪れた。
アレンとリィナは、滞在先のヴァルシオン・ホテルで遅めの朝食を済ませると、首都の中心街へと足を向けた。
「アレン様、あそこです……! 本物を見るのは、私も初めてですっ」
リィナが緊張と興奮で声を上ずらせながら指差したのは、白石と黄金の装飾で彩られた、まるで王宮と見紛うような壮麗な建築物だった。
全魔軌士と誓導者にとっての聖地、世界最高峰の魔術衣装店──『ガルネリア本店』。
一般の既製品を扱う支店とは異なり、この本店では、オーナー自らが「理」を読み取って仕立てる完全一点物のフルオーダーのみを受け付けている。
「……服屋というより、神殿だな。そんなに緊張するものか?」
アレンが軽い調子で尋ねると、リィナはブンブンと音が出そうな勢いで首を振った。
「当然です! ここでフルオーダーをするということは、世界に自分の魔力署名を刻んだ最高礼装を持つということなんです。一生に一度あるかないかの名誉なんですよ!」
「へぇ。そりゃ楽しみだ。……行こう」
重厚な魔導門が、二人の接近を感知して音もなく左右に開く。
一歩足を踏み入れた瞬間、アレンは肌を撫でる空気の「質」が変わったことに気づいた。
天井には魔力の光が青白い川のように流れ、微かな駆動音と共に室内の湿度、温度、そして魔力濃度が完璧に一定へと保たれている。
浮遊するホログラムのドレスが優雅に回転し、空気は塵一つないほどに澄み渡っていた。
「いらっしゃいませ。フルオーダーのご依頼でございますね」
即座に歩み寄ってきたスタッフは、二人の立ち居振る舞い──特に、アレンの背後に控えるリィナの洗練された所作から、彼らが並の顧客ではないことを瞬時に察した。
二人はそのまま、一般客を遮断した奥の特別室へと案内された。
そこで待っていたのは、落ち着いた風格の中に鋭い知性を宿した一人の貴婦人だった。
ガルディア公国の子爵夫人にして、世界的な天才デザイナー、レティシア・ガルネリア。
彼女は手元の資料から顔を上げ、アレンの姿を捉えた瞬間、その美しい眉をピクリと動かした。
「お初にお目にかかります。……あなた、とても珍しい、いえ……『奇妙な』魔力をお持ちね」
「そうか? 普通だと思うんだがな」
アレンが素っ気なく返すと、レティシアは意味深に微笑み、自身の魔導眼鏡を直した。
彼女のデザイナーとしての直感は、目の前の男の周囲で、既存の魔術理論では説明のつかない「空間の歪み」が起きていることを鋭く指摘していた。
「まずは計測から始めましょうか。魔力測定機へ手をかざしてくださる?」
アレンが促されるまま、黒い金属製の測定器に手をかざした。
刹那。
「──ッ!?」
室内の魔力計の針が、物理的な限界を超えて振り切れ、警告音がけたたましく鳴り響いた。
液晶モニターに表示された数値は、計測不能を示す「ERROR」の文字を点滅させ、装置全体が過負荷による熱を帯び始める。
「……壊してないよな?」
「壊れてはいませんわ。ただ……私の装置が、あなたの密度に追いつかなかっただけ。特級魔軌士の最上位を測定する際にも、これほどの反応は見たことがありません」
レティシアは震える指先を隠すように組み、深く息を吐いた。
一七〇〇年前、女神セラフィナが遺した術式そのものを吸収したアレンの魔力量は、現代の測定技術をもってしても「災害」に近い質量として認識されたのだ。
続いてリィナが測定に応じる。
「あなた……とても澄んでいて、綺麗な魔力をしているわ。マスターとの相性も……ええ、完璧ね。まるで、一つの魂を分け合ったかのような波長だわ」
「えっ……あ、ありがとうございます……!」
レティシアの言葉に、リィナは顔を林檎のように赤くしながらも、誇らしげにアレンを見上げた。
魔力循環誓約によって結ばれた二人の波形は、測定器の上で、光と水が溶け合うような美しい螺旋を描いていた。
午後の時間は、詳細な身体採寸と生地の選定に費やされた。
非接触型の魔術スキャンが、アレンの一九二センチの筋肉量から、戦闘時のわずかな重心移動の癖までをミリ単位で解析していく。
「アレンさん、この『紺銀』の生地、絶対に似合うと思います! 耐魔加工も施されていますし、落ち着いた雰囲気が……」
「お前が選んでくれ。俺はよく分からん」
「……はいっ! 任せてください!」
生地サンプルを手に、真剣な表情で吟味するリィナ。
アレンはそんな彼女の横顔を、どこか眩しそうな、穏やかな眼差しで見つめていた。
かつて世界樹の町のアパートで、安物の服を丁寧に直していた少女が、いまや世界最高の店で自分のために最高の衣装を選んでいる。
アレンはふと、リィナが手に取っていた淡い白銀の生地を指差した。
「リィナ。お前には、その色が一番似合うと思うぞ」
「え……っ、アレン様……」
突然の率直な称賛に、リィナは耳まで赤くして俯いた。
レティシアはその様子を見て、満足げにスケッチブックを閉じた。
「デザインは決まりましたわ。……ですがアレン・ヴァルグレイ、あなたの魔力は特殊すぎる。既存の術式を織り込んだ生地では、あなたの出力に耐えきれず、初戦で消滅してしまいます」
レティシアの瞳が、職人としての真剣な輝きを帯びる。
「私の全技術を注ぎ込み、あなた専用の『理の器』を組み込みます。いいかしら?」
「ああ。任せるよ」
アレンの規格外な魔力放出を、破壊することなく循環させ、身体への負荷をゼロにする漆黒の戦闘衣。
そして、リィナの魔力効率を最大化し、防御魔術の展開速度を極限まで高める白銀の誓導者服。
「……さて。お二人のフルオーダー装備。合計で、『二億エル』になりますわ」
「に、二億……!?」
リィナが悲鳴に近い声を上げた。
一〇二億エルの報酬を得たとはいえ、衣装一式にこれほどの金額をかけるなど、彼女の庶民的な金銭感覚では想像を絶する世界だった。
だが、アレンは表情一つ変えず、迷いのない動作でアーク・リンクを端末に提示した。
「必要経費だ。命を守るためのものに、出し惜しみはしない。……これで頼む」
「……っ……」
リィナは顔を真っ赤にして、自身の指先をぎゅっと握りしめた。
マスターが誓導者に最高級の装備を買い与えることは、この世界では「生涯をかけて守り抜く」という誓約の証明でもある。
二億エルという天文学的な数字は、アレンがリィナという女性を、どれほどかけがえのないパートナーとして高く評価しているかの証左だった。
「完成は約一か月後。……世界に一組だけの、あなたたちの『魂』を約束しましょう」
レティシア夫人の優雅な見送りを受け、店を後にした二人の背中には、沈みゆく夕日が黄金の影を長く伸ばしていた。
自身の指に触れ、アレンの温もりを反芻するように微笑むリィナ。
公国での新たな戦いを前に、二人の絆は、魔力という形のない糸だけでなく、重厚な歴史と決意を伴った「装備」という形でも、強固に結ばれようとしていた。




