5-8
エルディアの大地を、冷徹な冬の帳が包み込んでいた。
季節は巡り、かつてルミナが旅立った一年前と同じ、凍てつくような白銀の世界が戻ってきた。
二十センチメートルの小さな魔術生命体、ルミナは、吐き出す息すら白く凍る雪原の上で、独り、静かに空を見上げていた。
(セリス様、そしてリィナ様……。二人とも、準備は整いましたね)
ルミナの魂に刻まれた創造主セラフィナの「絶対行動指針」は、今、すべて達成された。
西の大陸ガルディアで見出した火のように凛々しいセリスと、このアルヴェリアの聖域で出会った水のように慈愛に満ちたリィナ。
一七〇〇年という悠久の時を、ドジを踏み、迷子になりながらも駆け抜けた彼女の大冒険は、この冬の夜、ついに終着点へと辿り着いたのだ。
(……わたしの、おわりが……はじまります)
ルミナはその小さな胸に、確かな終わりの予感を抱いていた。
彼女は光の尾を引きながら、すべての始まりの場所であり、終わりの場所でもある世界樹の最深層へと帰還を始めた。
世界樹の根元に穿たれた聖域の入口。
そこへ潜る直前、ルミナは誰もいない雪原のただ中で、ふと足を止めた。
見上げた夜空には、吐息が止まるほど美しい星々が瞬いている。
それはかつて、彼女の母とも呼ぶべきセラフィナ・エルフェリスが観測し、その運行のすべてを定義した星辰の輝きだった。
「ひとつ、ふたつ、みっつ……」
ルミナは透き通った指先で、星を一つずつ指折り数えた。
この一年の旅で見た景色のすべて、風の冷たさ、猫の背中の温もり、そして出会った人々の笑顔。
それらすべての「経験」を、自身の魔力回路に、一つの記憶の結晶として刻みつけていく。
知識としては知っていたはずの星の美しさが、今はなぜか、自身の消滅を惜しむように胸を締め付けた。
「アレン様……。もうすぐ、あえますね……」
呟いた声に、微かな寂しさが混じる。
アレンがこの世界に再び降り立った瞬間、彼女は「鍵」としての役割を果たし、彼の巨大な魔力回路の一部となって溶けて消える。
それが、一七〇〇年前に自分に課せられた、唯一無二の存在意義。
けれど、ルミナはすぐに袖で涙を拭うと、夜空に向かって満開の花のような笑顔を向けた。
「だいじょうぶです。……わたしは、アレン様の『力』になります」
寂しさはあっても、恐怖はなかった。
主の魂の一部となり、永遠に彼を支え続けられること。それは、ルミナにとってこの上ない、最高の幸福だった。
彼女は最後に一度だけ夜空に手を振り、黄金の光の粒子を雪のように振りまきながら、聖域の深淵へと飛び込んだ。
冷たい石壁に囲まれた、静謐なゆりかご。
ルミナはそこで、深い、深い眠りについた。
次に目を開けるとき、そこには一七〇〇年前から想い続けた、愛すべき主アレンがいるはずだ。
女神歴二一九六年、一月一日。
運命の歯車は、たった一人の男を再び呼び寄せるために、激しく回転を始めた。
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