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女神歴二一九五年、一〇月。
西の大陸から始まったルミナの放浪は、季節を一巡させ、再びアルヴェリア王国の聖域――世界樹の麓へと辿り着いていた。
空は高く澄み渡り、吹き抜ける北風が冬の訪れを予感させる冷たさを運んでくる。世界樹の巨大な葉が、カサカサと乾いた音を立てて黄金の絨毯を街路に敷き詰めていた。
(……あ、帰ってきました。ここが、ルミナが生まれた場所です)
二十センチメートルの小さな身体を揺らし、魔術生命体ルミナは懐かしい土の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
約10か月の旅を経て、彼女の光のドレスは以前よりも多くの「世界の記憶」を吸収し、その輝きはより深く、複雑な色彩を帯びている。
その時、ルミナの魔力感応回路が、かつてないほど「澄んだ」波長を捉えた。
ガルディアで出会ったセリスの火のような情熱とは対照的な、深く、静かで、全てを包み込むような水と光の調べ。
「見つけ……ました。……二人目の、欠片」
ルミナは吸い寄せられるように、世界樹の広場の端、祈りの石碑の前に立つ一人の少女へと近づいた。
そこにいたのは、透き通るような銀髪を秋風になびかせ、伏せ目がちに立ち尽くすハーフエルフの少女――リィナ・フェルウェンだった。
彼女が纏う空気は、どこか寂しげで、けれど凛とした強さを秘めていた。
リィナがふと顔を上げた瞬間、二十センチの小さな光が彼女の目の前にふわりと現れた。
「あなたは、アレンの大切な人になる」
唐突に響いた、鈴を転がすような幼く、けれど絶対的な予言。
「……えっ?」
リィナは淡い青色の瞳を大きく見開き、絶句した。
理由も分からず、けれど魂の深奥を優しく撫でられたような感覚に襲われ、彼女の目から一筋の涙がこぼれ落ちる。
千七百年の時を超えて響く「主」との共鳴。彼女の内側で眠っていた膨大な魔力適性が、ルミナの存在に反応し、静かに脈動を始めたのだ。
それから数日間、ルミナはリィナの小さなアパートに通い、言葉を重ねた。
内気で控えめなリィナは、最初こそこの不思議な妖精に戸惑っていたが、ルミナの純粋さと献身的な態度に、少しずつ心を開いていった。
「私はルミナ。魔術生命体です。……セラフィナ様が遺した、魔術式の媒体なんです」
お茶を淹れていたリィナの手が、ガチャンと音を立てて止まった。
「ええええッ!! あ、あのセラフィナ様の……!? 女神様の、お使いなんですか!?」
リィナは絶叫に近い声を上げた。アルヴェリアに住む者にとって、セラフィナ・エルフェリスは信仰の象徴、文字通りの「女神」である。
その伝説の存在が一人の男のためにルミナを創り出したという事実に、リィナは身体の震えを抑えることができなかった。
「はい。私は、アレン様の魔力回路を正常に開くための『鍵』。……そして、彼がこの世界に降り立った時、彼の精神が壊れないように守るための『盾』なんです」
ルミナはリィナの膝の上にちょこんと座り、淡い金色の瞳で見上げた。
だが、その後に続いた言葉は、希望に満ちたものではなかった。
「アレン様が召喚された後……私は彼に吸収され、役目を終えます。……ルミナという『個体』は、消えてしまいます」
「うそ……! そんな、いなくなっちゃうなんて、嫌です……っ!」
リィナは、今にも消えてしまいそうなルミナの小さな身体を包み込むように、震える手を差し出した。
孤独に生きてきた自分に「大切な人が現れる」と告げ、希望をくれた小さな友。その友が、自らの消失を前提に動いているという残酷な真実。
けれど、ルミナは満開の花のような笑顔を見せた。
「だいじょうぶです。……それが私の、誇りですから」
その一言に、リィナは唇を噛み締め、溢れる涙を拭った。
自分はなんて弱いのだろう、と彼女は思った。けれど同時に、この小さな妖精が命を懸けて繋ごうとしている「アレン」という名の男を、誰よりも大切に受け入れようと、その魂に深く刻み込んだ。
「わかりました、ルミナちゃん。……私、待ちます。いつの日か、この世界樹の下に現れるあの方を。……ルミナちゃんが守ろうとした未来を、私が引き継ぎます」
リィナの控えめだった瞳に、かつてないほど強く、真摯な決意の光が宿る。
その波長は、世界樹の魔力循環と共鳴し、聖域を柔らかな燐光で満たしていった。
一〇月の終わり。
二人目の候補者との「約束」を交わしたルミナは、リィナの祈りに見守られながら、最後の手続きへと向かった。
世界を救うための三つのピース――ルミナ、セリス、そしてリィナ。
全ての準備が整い、運命の時計は召喚の「その時」へ向けて、最後の秒針を刻み始めた。




