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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第31章:断罪の円卓

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トラヴェリス中央議事堂。世界十五か国首脳会議(WFS)は三日目の朝を迎え、円形ホールを支配していたのは、熱気ではなく、すべてを等質に塗りつぶす「沈黙」の質量であった。ローレン海洋王国の行政権移管──事実上の主権解体案が提示された後、十五か国の首脳たちは、空中に浮かび上がる冷徹な条文のホログラムを、ただ石像のように見つめていた。均一な魔導照明が落とす影は、誰の表情からも生気を奪い、議場全体を一枚の平坦な写真のように静止させていた。


「……一時の休憩を提案いたしますわ、議長。我々には、この『規格』を咀嚼するための時間が必要です」


ガルディア公女王エリシア・ヴァルステイン・ガルディアの凛とした声が、凍りついた空気を僅かに震わせた。議長レイモンドが静かに頷き、ホログラムパネルが消失する。


ローレンの議席に座るアクアリオ・ローレン王は、弾かれたように立ち上がる首脳たちの中で、ただ一人、深海に沈む石のように座し続けていた。かつて潮風に誇り高く翻った彼の精神は、今やトラヴァンの提示した「正解」という名のヤスリで、その輪郭を完全に削り取られている。王は手元のアーク・リンクに流れる「ローレン解放」への賛辞を、色彩を失った瞳で見送るしかなかった。傍らに控える随員たちも、王の沈痛な横顔を前に、言葉をかけることさえ憚られる重苦しい空気の中に立ち尽くしていた。


アレン・ヴァルグレイは、公女王エリシアが控室へと移動する数歩後ろを、音もなく追従していた。アレンの足元から議事堂の構造体へと浸透した《魔力直接操作アーケイン・マニピュレーション》の知覚触手は、避難するように散っていく首脳たちの魔力波長を、一波残らず演算していた。


(……凪の裏側に、不自然な『淀み』があるな)


アレンの感覚が、無機質な魔導回廊の一角に、周囲の空間から完全に浮き上がった「空白」を捉えた。それは高度な認知フィルターによって、視覚と聴覚、さらには魔力感知までもが強引にバイパスされた、人為的な死角であった。彼の脳裏に、かつてアーラム機関が用いた隠蔽の手口が重なるが、この空白の質感はより洗練され、冷徹なまでの「管理」の意思を孕んでいた。


「……アレン様。会場の外、魔力波長が不自然に『消えて』いる箇所があります」


エリシアの控室に足を踏み入れたリィナ・フェルウェンが、自身の胸元を小さく押さえ、アレンの耳元で囁いた。彼女の能力は、その空白の中に潜む「意志の質感」を読み取っていた。それは私欲による殺意ではない。セイランの福音を狂信し、均質化された世界を強行に望む者たち特有の、氷のように冷たく整えられた「攻撃性」であった。リィナの瞳には、その冷気に触れた者特有の、隠しきれない怯えが微かに滲んでいた。


その頃、議事堂の深部、監視ドローンの死角を縫うようにして、数人の影が動いていた。


彼らの纏う魔導鎧は、アグニス王国騎士団の意匠を寸分の狂いなく模していた。だが、鎧の隙間から漏れ出す魔力は、アグニスの「熱」ではなく、トラヴァンの「冷気」を孕んでいる。


「標的はローレン海洋王国のラグナ・ティレオン次官だ。……彼を『アグニスの凶刃』によって沈黙させろ」


リーダー格の男が、感情を削ぎ落とした声で告げた。マリス族の融和の象徴であるラグナが殺害されれば、ローレンの民族対立は修復不能な暴発として世界に定義される。そしてその罪をアグニスに被せれば、セイランの提唱する「国際管理案」に異を唱える理屈は、この地上から消滅するのだ。回廊の壁に並ぶ魔導配線の青い脈動だけが、彼らの静かな殺意を無言で照らし続けていた。


控室の入り口。アレンは一歩も動かず、エリシアの座るソファの周囲一点を守護することに徹していた。


「セリス、情報の流れを演算し続けろ。……騒がせておけ。俺たちの任務は、あくまで公女王の安全確保だ」


「承知いたしましたわ。ですが、あの不自然な沈黙……放っておくには、少し耳障りですわね」


セリス・ヴァレンティアが、青い瞳で回廊の角に沈殿する『人為的な静寂』を冷徹に検分し、いつでも迎撃の術式を展開できるよう精神を研ぎ澄ませた。彼女の中で、これまで抑え込んできた憤怒が、静かな鋭さへと結晶化していくのがアレンにも伝わってきた。


サツキ・ハートフィールドは主の斜め前方で、重心を僅かに前へと移した。彼女の武人としての直感は、静まり返った回廊の先に、人の誇りを踏みにじる「冷たい風」の正体──偽りの名誉を纏った暗殺者たちの存在を、既に嗅ぎ取っていた。


「私は、外周の警戒を強めてまいります。……アレン様、一瞬だけ、背後を空けます」


「無理はするな、サツキ。深入りは任務外だ」


アレンの低い言葉に、サツキは「……承知しております」と短く返し、影のように消えた。その足音は、控室の扉が閉まる直前まで、一切の乱れも迷いも感じさせなかった。


リィナは扉が閉じた後もなお、サツキが去っていった方角を見つめ続けていた。彼女の指先は、自身の左手薬指に嵌まった共鳴指輪へと自然と伸び、その冷たい輝きに、せめてもの安堵を求めるように触れていた。


「アレン様……。サツキは、大丈夫でしょうか」


「……あいつなら問題ない。それより、陛下から離れるな」


アレンの言葉は素っ気なかったが、その声音の奥には、四人の絆に対する確かな信頼が滲んでいた。リィナはその響きに小さく頷き、エリシアの傍らへと歩み寄った。


断罪の円卓を巡る、情報の戦争。その裏側で、鉄の匂いと偽りの正義が交錯する「実弾の戦争」が、今まさに引き金を引かれようとしていた。アレンは沈黙を貫いたまま、その嵐の中心で、牙を隠したまま静かに時を待っていた。彼の視線は控室の扉一枚を隔てた先、まだ見えぬ回廊の奥へと注がれ、そこに渦巻く殺意の輪郭を、静かに、しかし確実に演算し続けていた。


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