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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第31章:断罪の円卓

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トラヴェリス中央議事堂の円形ホールを支配していたのは、一国の王の沈黙さえも「合意」という名のデータへと強制変換していく、不気味なまでの情報のなぎであった。演壇に立つ国家統合庁長官、セイラン・ヴァル=トラヴァンが指先を滑らせると、空中に展開されていた港湾区の惨状は霧散し、代わりに幾何学的なグリッドと条文が精密に組み合わさった、巨大な「システムの設計図」が浮かび上がった。均一な魔導照明の下、その設計図の輪郭線だけが、まるで冷たい刃のように議場に光を反射させていた。


「――ですから、我々は『対話』の段階は終わったと考えます」


セイランの声は、どこまでも澄み渡り、そして生命の熱量を一切含んでいなかった。


「伝統という名の停滞は、弱者にとってはただの絶望です。我々は、ローレン海洋王国が自力で問題を解決できないと判断いたしました。不完全な主権を、完全な規格によって補完する。これこそが、世界が求める救済の形です」


セイランが淡々と読み上げる「解決案」の内容が、ホログラムを通じて議場全体に伝播していく。


一、ローレン海洋王国の行政権の一部を国際同盟へ移管。


二、トラヴァン製の「平等監視システム」を全港湾施設へ導入。


三、マリス族の政治参加を国際規格(トラヴァン基準)で保証。


四、港湾労働の賃金体系を国際標準化し、直接管理下に置く。


それは支援という名の皮を被った、一国の法と経済を「規格」という名の鎖で縛り上げる、事実上の主権剥奪宣言であった。条文が一項目読み上げられるたびに、議場の空気がわずかに、しかし確実に凍りついていくのを、アレンは肌で感じ取っていた。


アレン・ヴァルグレイは、公女王エリシアの座す議席の背後で、一切の微動を排してその光景を観測していた。彼の足元から議場の石床へと浸透した《魔力直接操作アーケイン・マニピュレーション》の知覚触手は、議場を圧迫する魔力波長の不協和音が、セイランの提示した「合理性」に吸い込まれ、一つの巨大な機械の駆動音のように均質化されていく様を捉えていた。


(……詰みだ。理屈の戦いでは、最初から勝負になっていない。現象マジックは消せても、世界が正しいと信じ込む『規格スタンダード』という呪いは消せない)


アレンたちの手元にあるアーク・リンクが、断続的な微振動を繰り返している。それは、全世界から放たれた「ローレンを管理下に」「規格こそが自由をもたらす」という、一点のよどみもない善意に基づいた呪詛のログであった。術式を介さない情報の重圧が、物理的な質量となって一行の肩にのしかかる。


「アレン様……。ローレンの方々の魔力波長が、完全に『沈黙』しました。……あまりにも正しい言葉の前に、心が折れようとしています」


リィナ・フェルウェンが、理路整然とした断罪の言葉に、薄い唇を僅かに震わせながらも、絶望に沈む特使たちの姿を真っ直ぐに見つめ、その不条理を自身の記憶に刻み込むように静かに息を整えた。彼女の《思考読解》は、ラグナ次官たちが「善意の正論」という逃げ場のない檻に閉じ込められ、自身のアイデンティティすらも「エラー」として処理されていく絶望を正確に読み取っていた。彼女は視線をアレンへと向け、何かを訴えるように口を開きかけたが、この場でかけるべき言葉を見つけられず、ただ静かに唇を結んだ。


セリス・ヴァレンティアの青色の瞳には、学術理論を汚し、一国の主権を情報のヤスリで削り取るトラヴァンのやり口に対する、底冷えするような憤怒が宿っていた。


「最悪のシナリオですわ。……これでは世界が、トラヴァンの編み出した『たった一つの正解』に塗り潰されてしまいますわ」


セリスは低く呟き、円卓の下で握った拳の震えを、レイピア《煌光穿グロリアス・ライト・ピアース》の飾緒を撫でることで抑え込んでいた。彼女の脳裏には、これまで積み上げてきた魔術理論の体系が、この「規格」という無機質な鎖の前ではあまりにも無力であるという事実が、苦い実感となって染み渡っていた。


サツキ・ハートフィールドは、重心を微動だにさせず演壇を見据えながら、議場を吹き抜ける「魂の熱を奪う風」を静かに射抜いていた。彼女にとって、セイランが投げかけているのは言葉ではなく、人の誇りを塵のように削り取り、魂を部品へと変えていく無機質な鎖に他ならなかった。彼女は議場を埋め尽くす『規格』への盲信を無機質な瞳で観測し、魂を削るような情報の凪の只中で、一分の隙もない立ち姿を維持し続けた。


一方で、ローレンの議席に座るアクアリオ・ローレン王は、もはや反論する力さえ削ぎ落とされ、議場を演算する機械の一部と化したかのように、虚空を乾いた瞳で見つめていた。


壁面のモニターに映し出される、自国の歴史を「非効率」と断じる冷徹なグラフ。アクアリオは、自身の座す議事堂が、知性ある首脳たちの集まりではなく、一つの巨大な「正解」を演算し続ける冷たい機械の内部であるかのような浮遊感を覚えていた。自国のマリス族差別という拭いきれないよどみを人質に取られている以上、王に許されたのは、自国の矜持が規格という檻の中に解体されていく様を、乾いた諦観とともに見送る沈黙だけであった。彼の傍らに控える随員たちも、王と同じ重圧に晒されながら、ただ黙して事の成り行きを見守るしかなかった。


「……反論はないようですね」


セイランの微笑みには、一片の悪意も混ざっていない。彼は本気で、この「均質化」こそが世界を救う唯一の福音だと信じ、慈愛に満ちた一礼を捧げた。


嵐は今、最高潮に達しようとしていた。理外の零番、アレン・ヴァルグレイは沈黙を貫いたまま、その不気味な凪の底で、システムの「綻び」を冷徹に演算し続けていた。円形ホールを支配する凪は、いまだ何一つ終わっていない。むしろ、これから訪れる激動の序章に過ぎないことを、アレンは誰よりも冷静に理解していた。


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