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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第31章:断罪の円卓

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トラヴェリス中央議事堂。アグニス王国の「誇り」が旧時代のノイズとして切り捨てられた後、円形ホールを支配していたのは、冷徹な演算回路が導き出した「沈黙」であった。壁面の巨大モニター群には、ローレンポートの解体場で泥にまみれるマリス族の統計データが、血の通わないグラフとなって冷酷に表示され続けている。均一な魔導照明の下、そのグラフの棒線の一本一本が、まるで判決文の一節であるかのように、議場の空気を静かに圧迫していた。


アレン・ヴァルグレイは、公女王エリシアの座す議席の背後で、一切の微動を排して佇んでいた。彼の意識は《魔力直接操作アーケイン・マニピュレーション》を介し、議場を満たす魔力波長の推移を冷徹に演算していた。かつてアザルが振り撒いたような毒々しい精神干渉の術式はない。だが、場を埋める首脳たちの魔力波形は、セイランの提示した「合理性」という名の不可視のグリッドに、恐ろしい速度で同期シンクロし始めていた。


(……魔術的な洗脳ではない。正しい情報を与えられ、自らの理性で『正解』を選択させられている。これこそが、王の言っていた凪の正体か)


演壇に立ったのは、ローレン海洋王国の港湾省次官ラグナ・ティレオンであった。彼自身、獣人であるマリス族の血を引き、その濃い青色の瞳には、自国の伝統と改革の狭間で揺れる隠しきれない疲弊が沈んでいた。ラグナは震える指先でマイクを調整し、円卓を囲む十五か国の首脳たちへと向き合った。彼の背後には、王アクアリオが座す議席があったが、次官として矢面に立つ以上、この場での言葉は彼自身のものとして紡がねばならない。


「……セイラン長官のご指摘は重く受け止めております。ですが、我が国の現状を『構造的差別』という一言で断じるのは、あまりに拙速です」


ラグナの声は、掠れながらも必死に尊厳を繋ぎ止めていた。彼は手元のアーク・リンクから、現在進行中の改革データをホログラムとして展開した。


「ローレン族とマリス族の役割分担は、長い歴史の中で培われた海との共存の形です。我々は今、一歩ずつ確実に改善を進めています。マリス族の賃金体系の見直し、教育プログラムの実施……。伝統を壊さず、誇りを守りながら進むための時間が必要なのです」


ラグナの訴えは、一国の主権としての切実な叫びであった。だが、その「熱」のこもった弁明も、トラヴァンが用意した「冷たい論理」の前では脆く崩れ去る。


「ラグナ次官。……『歴史的経緯』という言葉は、不平等を正当化するための言い訳にすぎません」


セイランが静かに、だが遮るように告げた。彼の声には、相手の感情を一切考慮しない、精密に規格化された「正しさ」が宿っていた。


「改善が緩やかであることは、現在進行形で虐げられている弱者にとっては『放置』と同義です。構造的差別を自力で是正できないのは、国家としての統治能力の欠如──すなわち『国家の怠慢』です。世界はもはや、貴公たちの『調整の時間』を待つほど不透明ではありません」


セイランの断罪に、ラグナは言葉を失った。議場を埋める首脳たちの間に、同意の囁きが広がる。「ローレンは自力での解決を諦めている」「やはり国際的な介入が必要か」。その囁きの一つ一つが、情報のヤスリとなってローレンの主権を削り取っていく。円卓を囲む各国代表の視線が、次第にラグナから逸れ、代わりにセイランの提示するデータへと吸い寄せられていくのが、アレンの目にははっきりと映った。


アレンの傍らで、リィナ・フェルウェンは指先を祈るように組んだ。彼女の能力は、ラグナの心の波形が、セイランの提示する「正論」という名の檻に閉じ込められ、急速に輝きを失っていくのを正確に捉えていた。


「アレン様……。ラグナさんの心の波形が、絶望に染まって……消えようとしています。周囲の誰も、彼の『声』を聞こうとしていない……」


リィナの声は戦慄に掠れていた。アレンは沈黙を貫いたまま、傍らに立つサツキ・ハートフィールドと視線を交わした。サツキは孤立していくラグナの背中を沈痛な面持ちで見つめていた。彼女にとって、あの次官が語る「誇り」は真実であったが、この議場を吹く風は、すでに彼を「エラー」として処理し始めていた。彼女は自身の拳を静かに握りしめ、しかしそれを行動に移す術がないことを、誰よりも痛感していた。


ラグナ次官が震える声で紡ぐ、必死の改善案。アクアリオ王は、その「熱」がセイランの構築した冷徹なアルゴリズムに吸い込まれ、一瞬で「国家の怠慢」という無機質なデータへと書き換えられていく様を、ただ呆然と見送るしかなかった。彼は自身の膝の上で拳を握りしめ、その爪が掌に食い込む痛みを、遠い異国の会議場で味わう羞恥の代償として受け止めていた。


(……言葉が通じぬのではない。最初から、我々の言葉は『規格外』として除外されているのだ)


アレンの背中越しに見える議場は、もはや知性ある首脳たちの集まりではなく、一つの巨大な「正解」を演算し続ける巨大な機械の内部に見えた。王の瞳に宿っていた激越な憤怒は、もはや乾いた諦観へと、深く、重く沈み込んでいった。


「……反論はないようですね」


セイランの静かな宣告が、議場を凍てつかせた。

火の国の次は、海の国。一国の歴史と誇りは、「国際規格スタンダード」という名の巨大なヤスリで削り取られ、平坦な「情報」へと書き換えられていく。


アレンは感情を削ぎ落とした瞳で、演壇で静かに微笑むセイランと、情報の毒に喘ぐローレンの王を観測し続けていた。現象マジックは消せても、世界が飲み込み始めたこの呪いは消せない。アレンは沈黙を貫いたまま、その不気味な凪の底で、システムの「綻び」を演算し続けていた。


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