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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第31章:断罪の円卓

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トラヴァン共和国、首都トラヴェリス。巨大な世界樹を模した魔導建築──中央議事堂の円形ホールは、外の森の静寂をそのまま閉じ込めたような、不自然なまでの「なぎ」に支配されていた。円卓を照らす魔導照明は、感情の高ぶりを一切許さない均一な光量で調整され、天井の高い議場に落ちる影さえも、まるで定規で引かれたように整然としていた。


会議一日目の朝。アレン・ヴァルグレイは、公女王エリシアの座す議席の数歩後ろに、彫像のごとく佇んでいた。彼の足元から議場の石床へと浸透した《魔力直接操作アーケイン・マニピュレーション》の知覚触手は、室内の空気が数ミリ単位の魔力密度で均一に管理され、個人の感情の揺らぎさえも「環境ノイズ」として検閲・抑制されていることを冷徹に演算していた。それは呼吸をするだけで、内側の熱を少しずつ奪われていくような、静かな圧迫感であった。


一同の手元では、アーク・リンクが絶え間なく微振動を繰り返している。それは、全世界のサーバーから放たれた「アレン=世界の敵」という情報の毒液が、物理的な重圧となって議席を圧迫している音であった。振動の一つ一つが、まるで無数の視線が集約された針のように、アレンの意識の表層をわずかに刺していく。


「……アレン様、この場所……呼吸をするたびに、自分の心が削られていくようです」


リィナ・フェルウェンが、窓のない議場を支配する『均一な光』に僅かな眩暈を覚えながらも、隣に立つアレンの静かな呼吸に自身の歩調を合わせ、一国の主たちの間に漂う重苦しい沈黙を静かに受け止めていた。彼女の淡い青色の瞳には、この場を満たす無機質な圧迫感への戸惑いと、それでもなお隣に立ち続けようとする決意が、綯い交ぜになって浮かんでいた。


彼女の隣では、セリス・ヴァレンティアが凛とした立ち姿のまま、議場に投影される各国の魔力ログを注視している。演壇から放たれる『不自然な善意』を青い瞳で冷徹に射抜き、情報の凪が自身の思考を侵食せぬよう、静かに、しかし峻烈な演算を自身の内で加速させていた。


サツキ・ハートフィールドは主の斜め前方に立ち、周囲を旋回する警備ドローンの紅い監視孔を、瞬き一つせず無言で射抜いていた。彼女の重心はわずかも揺らぐことなく、まるで一本の刃のように静止していた。


やがて、会場の魔導照明が緩やかに減光し、中央の演壇に一人の男が登壇した。トラヴァン共和国議会議長、レイモンド・アステリオン。彼は灰銀色の髪を整え、知性的な緑の瞳で、十五か国の首脳たちが居並ぶ円卓を見渡した。


「これより、第二百三十八回、世界十五か国首脳会議を開会いたします。本年の議長国として、皆様の到着を心より歓迎いたします。……世界は今、予測不能な個の暴力によって、その基盤を脅かされています。我々が今大会で成すべきは、感情に左右されぬ、揺るぎなき規格の確立であります」


議長の事務的かつ重厚な開会宣言が終わると、会場に厳かな静寂が降りた。次いで登壇したのは、この会議の実質的な主導者──国家統合庁長官、セイラン・ヴァル=トラヴァンであった。


セイランは穏やかな微笑を湛え、演壇の前に立った。威圧感はない。だが、彼の背後にある巨大な管理システムの重圧が、アーク・リンクのログを通じて会場全体に伝播していく。その足取りは、まるで長年繰り返してきた儀式をこなすかのように滑らかで、一切の淀みがなかった。


「世界は今、大きな転換点にあります。差別、紛争、そして独善的な個の武力。それらは我々が乗り越えるべき、前時代の遺物です」


セイランの声は、低く、そして慈愛に満ちていた。彼が指先を動かすと、議場の中央に巨大なホログラムが投影された。そこには、トラヴァンが提唱する「国際規格スタンダード」による、効率的で平等な社会の設計図が描かれていた。整然と区分けされた都市計画図、均等に配分された資源のグラフ、そして「感情による誤差」を排除した治安維持のフローチャート。それらが、まるで完璧な芸術品であるかのように、静かに、しかし確かな威圧感を伴って会場を満たしていった。


アレンは感情を削ぎ落とした瞳で、熱弁を振るうセイランを観測していた。アレンの感覚が捉えるのは、セイランの言葉に付着した薄気味悪い凪の匂いだ。それはアザルのような直接的な精神侵食ではない。正義という名の法を使い、世界の輪郭をヤスリで削り落とそうとする、静かなる侵食の残響であった。アレンの意識の奥底で、その感触は既視感を伴っていた。魔術ではない何かが、確実に世界の理を蝕んでいる――その予感が、静かな確信へと変わりつつあった。


(……消すべき術式がない。なるほど、これが王の言っていた凪の意味か)


その時、隣に控えるリィナの肩が、激しく震えた。彼女の《思考読解》は、演壇の上の男の深層へと、その意識を沈めていた。


「……アレン様、信じられません……。あの方の心の波形には……一片の悪意も、私欲も……狡猾な策略すらも、存在しないのです。彼は本気で、この均質化こそが世界を救う唯一の『福音』だと信じ込んでいます」


リィナの声は、戦慄に掠れていた。悪意がないからこそ、彼の信じる正義は誰にも止められない狂気となる。魔術であれば、アレンの力で根源から消去できるだろう。だが、この男が振り撒いているのは「純粋な善意」という名の情報の毒なのだ。彼女は自身の指先が冷たくなっていくのを感じながら、それでも視線を逸らすことなく、演壇の男を見つめ続けた。


「我々は、古い名誉や感情に左右される不安定な正義を、もう必要としません。規格こそが、世界を救うのです」


セイランの言葉が、会場の端に座るアグニス王国のヴァルガン王に向けられた。それは騎士道という「熱」を否定し、法という「冷気」で世界をならそうとする、宣戦布告に近い福音であった。ヴァルガン王の巨躯が、微かに、しかし確かに強張るのがアレンの視界の端に映った。


演説が終わると、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。だがその拍手は、感情の爆発ではなく、統制された機械の駆動音のように無機質に響いていた。一定の間隔で、一定の強さで、まるで拍手そのものが計算された演出であるかのように。


アレンはエリシアの背後から離れず、ただ一点、セイランの背中を見つめ続けていた。

政治という名の断罪の円卓。その第一幕が、最悪の福音と共に幕を開けたのである。


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