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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第31章:断罪の円卓

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西大陸のコバルトブルーから、中央大陸の重厚なあおへ。長時間の飛行を経て降下していく機体の窓から見えたのは、地球の記憶に近い、しかし決定的に異質な緑の絨毯であった。ガルディア公国軍専用機のタラップを降りたアレン・ヴァルグレイを真っ先に迎えたのは、肺の奥まで冷やすような、峻烈な森の芳香であった。


そこは中央大陸北西部、トラヴァン共和国の首都トラヴェリス。

巨大な世界樹を模した魔導建築が幾重にも重なり、都市全体が「高度に管理された森」として呼吸を続けている。滑走路の脇に整然と並ぶ緑化施設の一つ一つが、まるで計算式によって生育を規定されているかのように、寸分の狂いもない対称性を保っていた。だが、木々の葉を揺らす風に、命の奔放な揺らぎはない。アレンの足元から地表へと浸透した《魔力直接操作アーケイン・マニピュレーション》の感覚触手は、この大気が数光年先まで計算し尽くされた「無機質な凪」によって均質化されていることを、冷徹なデータとして捉えていた。


「……徹底していますわね。入国と同時に、わたくしたちの行動推奨経路がアーク・リンクに強制同期されましたわ」


セリス・ヴァレンティアが手元の端末を操作し、空間に投影された青白いホログラムの地図を指先でなぞった。地図上には、アレンたちの魔力波長を「環境ノイズ」として監視・検閲する警備ドローンの巡回ルートが、幾何学的なグリッドとなって明滅している。セリスの瞳には、自国の誇る学術理論さえも規格の一部として飲み込もうとする、トラヴァンの「情報の暴力」に対する底冷えするような警戒が宿っていた。彼女は投影された地図の隅、ドローンの巡回頻度を示す数値を見つめながら、静かに息を吐いた。


「……この密度は、異常ですわ。一般市民の日常を監視する頻度ではありません。まるで最初から、わたくしたちだけを迎え撃つために調整されたかのような……」


一行が軍用飛行場の出口へと差し掛かったその時、不自然な「静寂」が彼らを包囲した。


かつての遠征で見られたような、英雄を迎える熱狂も喝采もそこにはない。ゲートの向こう側に集まった市民たちは、一言も発さず、ただ一斉に自身のアーク・リンクをアレンへと向けていた。数千、数万のデジタルレンズが、アレンの姿を「二か国の軍を蹂躙した国際犯罪者」というトラヴァンのアルゴリズムに従って、リアルタイムで全世界へ発信し続けている。群衆の中には老いた者も若い者もいたが、その表情はどれも判で押したように平坦で、そこに個々の感情の陰影は見当たらなかった。


「アレン様……。あの方たちの心の波形が、あまりにも静かすぎて……怖いです」


リィナ・フェルウェンが、アレンの影に身を寄せ、窓外の群衆を見つめた。彼女の能力は、そこに宿るのが洗脳による虚無ではなく、「自分たちは正しい情報の正解スタンダードを確認している」という、一点の曇りもない善意の狂熱であることを読み取っていた。悪意がないからこそ、その沈黙は刃よりも鋭く一行の精神を圧迫する。彼女は自身の左手薬指に嵌まった共鳴指輪へ、無意識のうちに指先を這わせ、その冷たさの中にわずかな体温を探すように、そっと握りしめた。


アレンは感情を削ぎ落とした瞳で、自身を撮影し続ける人々の指先を観測していた。誰一人として声を荒げる者はなく、誰一人として石を投げる者もない。それは暴徒の憎悪よりも、はるかに底知れぬ「観測」の視線であった。


(……魔術ではない。術式なき侵食(凪)の完成形か)


アグニス王ヴァルガンが漏らした警告。その本質が、このトラヴァンの空気そのものとなってアレンを拒絶していた。現象マジックは消せても、世界が定義し終えた「アレン=悪」という物語ノイズは消せない。アレンは自身の掌をわずかに開き、そこに残る海中デバイスの記憶をなぞるように、指先を微かに動かした。それは無意識の所作であったが、彼の内側で燻る、消せぬ不条理への静かな苛立ちの表れでもあった。


「……アレン様。私には、この森の風すらも計算されているようで息苦しいです」


サツキ・ハートフィールドが、主の斜め前方で武人としての鋭い気配を限界まで押し殺しながら、低い声で告げた。彼女の深い茶色の瞳は、周囲の街角に配備された警備ドローンの紅い監視孔を射抜いている。そこに宿る殺意なき「管理」の視線が、武人としての誇りを塵のように削り取ろうとするのを、彼女は本能的に察知していた。彼女はただ無言でアレンとエリシアの間に立ち、機械的なドローンの動きに合わせて僅かに首を動かすことで、主の死角を完全に消去し続けていた。


「よし、行くぞ。……深入りはするな。俺たちの任務はあくまで、公女王の安全確保だ」


アレンの極低温の号令。公女王エリシア・ヴァルステイン・ガルディアが、護衛の兵士たちと共に専用の電動魔導車へと乗り込む。エリシアの右手薬指では、アレンが贈った共鳴指輪が、不自然な凪の中でも変わらぬ輝きを放っていた。彼女は車両に乗り込む間際、一度だけ振り返り、無言のまま群衆を見渡した。その瞳には、恐れではなく、これから始まる戦いへの静かな覚悟だけが浮かんでいた。


アレンたちはエリシアの背後に続き、鋼鉄の規律と森の静寂が同居する首都の深部へと足を踏み入れた。電動魔導車の車列が滑るように滑走路を離れていく間、車窓の外には、計算され尽くした街路樹と、感情を欠いた瞳でこちらを見つめる市民たちの姿が、次々と流れては消えていった。背後で空港の自動ゲートが、世界のシステムを閉じ込める鎖のような、重く冷たい音を立てて閉まる。その響きは、まるで一行を「檻」の内側へと正式に迎え入れる、無機質な儀式の終焉を告げているかのようであった。


理外の零番。彼は、全世界からの呪詛と監視のレンズを一身に浴びながら、情報の毒に酔いしれる世界を力ずくで調律するための「断罪の円卓」へと、その影を進ませていった。窓の外を流れる緑の絨毯は変わらず美しかったが、その美しさすらも、いまの四人には、計算され尽くした虚飾にしか映らなかった。


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