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初夏の柔らかな陽光が、西の大陸・ガルディア公国の首都ガルディアスを白銀に染め上げていた。
その中心部にそびえ立つ『誓環学院』。雲を突き抜け、天を衝くその白い巨塔は、世界で唯一の誓導者候補育成機関としての威容を誇っている。
高度な魔術障壁が何重にも張り巡らされたその敷地内、手入れの行き届いた中庭の片隅で、一人の少女が独り、己の限界に挑んでいた。
凛とした金髪をポニーテールにまとめ、鋭い青色の瞳を一点に凝らす十七歳の少女──セリス・ヴァレンティア。
辺境伯家の令嬢という高貴な身分にありながら、彼女の纏う魔術礼装は激しい訓練による熱気で微かに湿り、その額からは一筋の汗が零れ落ちていた。
「──《爆炎砲》、収束固定!」
セリスが手に持つ細身のレイピアを虚空に突き出すと、その先端に超高密度の火属性魔力が凝縮される。
現代魔術の理論に忠実でありながら、それを極限まで研ぎ澄ませた美しい術式。
刹那、放たれた紅蓮の光束が訓練用の標的を正確に貫き、大気を震わせる重低音と共に、周囲に強烈なオゾンの香りを撒き散らした。
「……まだ、甘いですわね。圧縮の最終段階で、魔力の揺らぎを抑えきれていない」
セリスは満足することなく、荒い呼吸を整えながら自らの魔力回路を点検する。
彼女は「努力家」を自称するが、その実力はすでに特級魔軌士の域を窺うほどに達していた。
その様子を、木々の影からじっと見守る小さな視線があった。
二十センチメートルほどの魔術生命体、ルミナである。
ルミナは空中に展開した「波長解析ウィンドウ」を凝視し、目の前の少女が放つ魔力の残滓を、光速の演算で照合していた。
(……見つけました。この、異様に澄んだ波長。そして、術式の構築思想……)
ルミナの思考回路に、かつての主であり創造主、セラフィナ・エルフェリスの魔力パターンが鮮明に浮かび上がる。
セリスが持つ魔力の「理」は、一七〇〇年前の伝説の魔術師が遺した定義と、驚くべき精度で一致していた。
(アレン様の……ための……大事な……一人目……っ!)
興奮のあまり、ルミナは隠れていた木の枝を力任せに蹴って飛び出した。
だが、感情の昂ぶりに身体機能の制御が追いつかない。
「ふぇっ!? あ、あわわわわっ!」
音速に近い魔力推進が暴発し、ルミナの小さな身体は空中で盛大に回転を始めた。
制御を失った光の弾丸は、そのままセリスの目の前にある生垣へと突っ込み、バサバサと盛大な音を立てて逆さまに突き刺さった。
「な……!? 何者ですの!?」
セリスは即座にレイピアを構え、迎撃の術式を展開した。
だが、生垣の中から「あいたたた……」という幼い声が聞こえ、金色の粒子を振りまきながら二十センチの妖精が這い出してくるのを見て、彼女は呆気に取られて剣を止めた。
「……妖精? いえ、この魔力圧、ただの精霊ではありませんわね」
セリスは警戒を解かぬまま、地面で目を回しているルミナを覗き込んだ。
ルミナは必死に頭を振り、乱れた光のドレスを整えると、ふわりとセリスの視線の高さまで浮上した。
彼女の瞳が、一瞬だけ赤子のようなあどけなさを捨て、世界の真理を語る「媒体」としての輝きを宿す。
「あなたは、アレンの心を支える人になる」
唐突に響いた、鈴を転がすような、けれど魂の深奥を揺さぶる絶対的な宣言。
「アレン……? どこの誰を指しているのか知りませんが、いきなり何を仰いますの?」
セリスは困惑し、眉を寄せた。
「アレン」という名は、この世界のアルヴェリアやガルディアでは耳慣れない響きだったからだ。
「今はまだ、知らない名前……。でも、あなたは彼を待ち続けています」
ルミナはセリスの指先にそっと触れた。その刹那、セリスの脳裏に、吹雪の中に立つ黒髪の青年の背中と、凍てつくような孤独な魔力のイメージがフラッシュバックする。
「……っ、今の映像は、……まさか、予知魔術?」
「予知ではありません。……『約束』です。一七〇〇年前からの、たった一つの……」
ルミナは満開の花のような笑顔を見せた。その笑顔は、自身の消失という運命を受け入れた者だけが持てる、残酷なほどに純粋な慈愛に満ちていた。
「ルミナは、もう行かなきゃ……です。セリス様、……また、アレン様と一緒に、会いましょうね」
「待ちなさい! まだ話は終わって……!」
セリスが手を伸ばすが、ルミナの身体は淡い光の粒子へと変わり、初夏の風に溶け込むようにして空へと舞い上がった。
後には、激しい魔力の余韻と、セリスの胸の奥に深く打ち込まれた、消えない「楔」だけが残された。
セリスは一人、中庭に立ち尽くし、ルミナが消えた青空を見上げた。
「……アレン。私の……マスター……?」
呟いたその名は、まだ見ぬ運命の重みを伴って、彼女の魂に静かに刻み込まれた。
「初めての候補者」との出会いを果たした小さな妖精の軌跡は、一〇月の世界樹の町、銀髪の少女リィナとの邂逅へと続いていく。




