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大樹の根に舞い踊る金色の粒子が、重力に逆らうように一点へと収束していく。それは瞬く間に膨張し、網膜を焼くほどの眩い輝きを放ちながら、小さな、あまりに精緻な生命の輪郭を形作った。
「あ……」
リィナが細い指先で口元を覆い、感嘆の息を漏らす。
光の渦の中から現れたのは、わずか二十センチメートルほどの、透き通るような羽を持つ存在だった。
陽光を編み込んだような淡い金色の髪に、深淵の宝石を切り出したような瞳。その姿は古き伝承に語られる「妖精」の類に似ていたが、纏う空気の密度が決定的に異なっていた。
実体というよりは、世界そのものの理を凝縮し、濃密な魔力が仮の肉体として形を成したような、神話的な神秘。
その存在は、空中で羽を休めるように緩やかに円を描いて舞うと、地上で立ち尽くす二人を慈しむように見渡し、鈴の音を転がしたような澄んだ声で静かに名乗った。
「私はルミナ。……セラフィナ様に創造された“魔術生命体”です」
マギスプライト。
それは現代魔導工学の粋を集め、いかなる国家が全予算を投じようとも再現不可能な、失われた古代の遺産。
亜連は言葉を失い、ただ目の前で浮遊する神秘の結晶を凝視した。
ルミナは空中を軽やかに滑り、亜連の目の前でぴたりと止まる。そして、祈るような、あるいは遠い過去から待ち侘びていた恋人を見つけたような眼差しで彼を見つめた。
「……やっと会えました、アレン様」
「……アレン?」
その呼び名が耳に届いた瞬間、亜連の胸の奥が、理由もなく激しく締め付けられた。
名前を呼ばれたという事実以上に、その響きそのものが、凍りついた記憶の深層に触れ、眠っていた魂を揺さぶる。
懐かしさと、言葉にならない切なさ。
故国での人生には存在しなかったはずのその音に、亜連の心臓は警告のような強い鼓動を刻んだ。
「セラフィナ様……後世で“女神”と称えられる彼女の真実を、お話しします」
ルミナの声が、静寂に満ちた世界樹の空間に、波紋のように広がっていく。
女神セラフィナ。実際には、世界樹の古代魔術層を唯一解析し、現代魔術の基礎を築いたエルフの天才魔術師。
彼女は三百年に及ぶ研鑽の果てに、世界を滅ぼさんとする“黒き災厄”を根絶させる唯一の理論を完成させた。だが、その絶大すぎる術式を行使するには、彼女自身の寿命も、魔力の絶対量も、あまりに足りなかった。
「だからこそ、彼女は未来へすべてを託したのです。二つの指針と共に」
ルミナが細い指を一本立てる。
「一つ。彼女と魔力波長が一致する、魂の共鳴者を探すこと。それが……リィナ様、あなたです」
「私が、セラフィナ様と……?」
リィナが息を呑み、己の胸に手を当てた。
彼女が世界最高峰の魔力純度を持ち、何かに導かれるようにこの場所を、そして亜連を求めた理由。それは偶然などではなく、数世紀の時を超えて冷徹なまでに計算し尽くされた、血と魂の必然だった。
「そして二つ。アレン様、あなたが現れたら、私がその魔力の核となること」
ルミナは空中で姿勢を低くし、亜連の胸にそっと、触れれば壊れてしまいそうな小さな手を伸ばした。
「私は、あなたの魔力回路を抉じ開け、守り、導くために創られた鍵。アレン様……あなたこそが、セラフィナ様が選び抜いた、唯一の『器』なのです」
「アレン様。あなたの使命を告げます」
ルミナの瞳から、それまでの柔らかな慈愛が消えた。
代わりに宿ったのは、悠久の時を耐え忍び、世界の存亡という重圧を背負い続けてきた者特有の、鋼のような決意の光。
「あなたの使命は、黒き災厄の封印が解けた後、現代魔術では封印することすら叶わぬその存在そのものを、世界の理から“消滅”させることです」
消滅。
それは、数千年に及ぶ魔術の歴史において、いかなる英雄も、賢者も成し得なかった究極の命題。
その言葉の重みに、リィナは戦慄し、亜連はあまりの理不尽な宿命に立ち尽くした。
だが、自分を信じ、救いを求めるように見つめるリィナの淡い青色の瞳。そして、すべてを託し、自分という存在の完成を待っていたルミナの、射抜くような眼差し。
亜連は自身の大きな手を見つめ、静かに拳を握り込んだ。
「……分からないことだらけだ。正直、使命なんて言われても、実感なんてこれっぽっちもない」
一呼吸置き、亜連は真っ直ぐにルミナを見据えた。
「でも、ここで逃げ出したところで、元の世界に帰れるわけでもないんだろ。……いいよ。向き合ってやる」
その答えに、リィナの肩からふっと力が抜け、安堵の溜息が漏れた。
ルミナは嬉しそうに、その羽を激しく震わせて光を揺らした。
世界樹を支配していた永遠の静寂が、内側から爆ぜる。
運命の歯車が、かつてないほど重厚な、そして容赦のない轟音を立てて回り始めた。




