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巨大な大樹の根が作り出す、黄金色の残光が差し込む静寂の境界。
強張った身体で振り返ろうとした亜連の視界を、一筋の、あまりに鮮烈な白銀の閃光が薙いだ。
「――っ」
思わず息を呑む。
そこに立っていたのは、陽光をその身に溶かし込み、精緻な銀細工のように輝く髪を持つ一人の女性だった。
風に遊ばれる銀髪は、まるで意志を持つ光の糸のように揺らめき、この世のものとは思えないほどに透き通っている。
彼女は、柔らかだがどこか切迫した足取りで、迷うことなく亜連へと近づいてくる。
その華奢な体躯を包むのは、機能性と優雅さを両立させた、淡い色調の旅装。
その清らかで、どこか儚げな佇まいに、亜連は言葉を失い、ただその存在を凝視することしかできなかった。
女性は亜連の傍らに膝をつくと、潤んだ淡い青色の瞳に一瞬だけ驚愕を浮かべた。
だが、その色はすぐに深い憂慮と、切実なまでの優しさへと塗り替えられていく。
「大丈夫……? 立てるかしら」
耳に届いたのは、静寂に響く鈴の音のように澄んだ、凛とした声だった。
彼女の視線は、亜連の身体から陽炎のように立ち昇り、不安定に激しく明滅する魔力の粒子に向けられている。
亜連自身はまだ気づいていないが、再召喚という理外の負荷を受けた彼の肉体は、今にも霧散してしまいそうなほどに魔力の波長が乱れ狂っていた。
彼女の瞳にあるのは、見知らぬ異邦人に対する警戒心ではない。
ただ目の前の、今にも壊れそうな「命」を救いたいという、純粋すぎて痛々しいほどの善意。
独り、孤独と不安の深淵に沈んでいた亜連の心は、その眼差しに触れた瞬間、温かな光の底から静かに掬い上げられたような安堵感に包まれた。
「……君、は……」
掠れた声で問う亜連に、彼女は少しだけ伏せ目がちに、しかし確固たる決意をその細い背中に宿して答えた。
「私の名前は、リィナ。……あなたに会うように、“言われた”の」
「誰に?」
亜連の問いに、リィナは困惑したように微かに首を横に振った。
「……それは分からないわ。でも、その声は……その想いは、決して嘘をつくようなものじゃないって。そう、魂が確信しているの」
理屈では説明のつかない、あまりに抽象的な言葉。
故国での「常識」という物差しを完全に失った亜連には、その「誰か」の正体など想像もつかなかった。
だが、彼を見つめるリィナの瞳には、一切の濁りも、欺瞞もなかった。
亜連は、彼女が差し出した小さく、震える手を見つめる。
その指先から零れ落ち、亜連の肌を撫でるのは、世界最高クラスの魔力純度がもたらす、圧倒的なまでの静謐。
理由など、必要なかった。
この未知の世界で最初に触れたこの女性だけは、信じてもいい。
亜連の研ぎ澄まされた直感と本能が、確信を持ってそう告げていた。
「……ありがとう。助かった」
亜連の言葉に、リィナは一瞬だけ弾かれたように目を見開いた。
そして、白い頬を微かに林檎のような赤色に染め、恥ずかしそうに、けれど世界を祝福するかのように温かく微笑んだ。
「……いいえ。私も、あなたに会えてよかった」
大樹を支配する永遠のような静寂の中で、出会ったばかりの二人の間に。
小さな、けれど決して折れることのない信頼の芽が、静かにその息吹を上げ始めた。
その時だった。
突如として、大気の密度が急激に跳ね上がった。
大樹の根の隙間から、蛍の光を数万倍に凝縮したような、眩い金色の粒子がふわりと浮かび上がる。
一つ、また一つ。
意志を持っているかのように空中を舞う光は、激しい渦を巻きながら、一点へと収束していく。
「っ……なにか来るわ!」
リィナが表情を強張らせ、反射的に亜連を庇うようにして一歩前に出た。
彼女の魔力が大気と共鳴し、空間を物理的に震わせる「障壁」の予兆が、重厚な波紋となって根の表面を伝っていく。
亜連は、己の胸の奥が、焼けるような熱を帯びて激しくざわつくのを感じていた。
それは恐怖ではない。
遥か遠い記憶の底、凍りついた時間の向こう側で眠っていた「何か」が、再び陽の光を浴びて目覚めようとする、魂の咆哮だった。




