1-1
瞼の裏側を、網膜を焼き切らんばかりの強烈な光が射抜いた。
泥濘の中から強引に引きずり出されるように、意識が急速に浮上していく。
頬を撫でて通り過ぎる風は、肌を切り裂くほどに冷たく、それでいて肺の奥まで痺れるような、芳醇で濃密な花の香りを孕んでいた。
「……ここ、は……?」
ひび割れた唇から漏れ出たのは、自分自身のものとは思えないほど掠れた声だった。
重い鉛のような身体をゆっくりと起こし、周囲を見渡した瞬間、思考が凍りついた。
視界を埋め尽くしていたのは、天を衝き、空を圧殺せんばかりに巨大な「樹の根」だった。
一本の根が、山脈一つに匹敵するほどの圧倒的な質量を持ち、遥か高みの空を黄金の網目のように覆い尽くしている。
大気には、淡く青白い燐光を放つ微細な粒子――魔力の塵が、音もなく雪のように静かに漂い、世界を非現実的な色彩で塗りつぶしていた。
そこは、耳を劈くような静寂に支配された空間だった。
草木が芽吹く生命の残響こそ微かに感じるものの、自分以外の何者かが存在する気配は微塵もない。
自分が、この人知を超えた大樹の根の上で、死人のように横たわっていたという事実を、鈍い脳がようやく理解し始める。
内側に眠る記憶の断片を、震える指先で手繰り寄せる。
「亜連」という自分の名前。
アスファルトの熱気。
満員電車の暴力的な喧騒。
深夜のコンビニエンスストアの無機質な光。
それら「故国」での記憶は、あまりに鮮明で、今の光景とのあまりの乖離に吐き気を催すほどだった。
目の前に広がるこの光景には、何一つとして心当たりがない。
なぜここにいるのか。この大樹は何なのか。
記憶の地図にない空白の領域が、底知れない不安となって、冷たい手で心臓を直接締め上げる。
「誰も……いないのか?」
震える声で問いかけてみるが、返ってくるのは冷笑のような風の音だけだった。
大樹の根の上はあまりに広大で、視界の果て、地平線の彼方までうねりながら続いている。
帰るべき場所も、進むべき方向すら見失った「完全な孤独」。
その圧倒的な重圧に、一九二センチメートルの巨躯がわずかに震えた。
その時だった。
「っ……!?」
耳が音を拾ったのではない。何かが物理的に動いた振動でもない。
肌の表面を粟立たせるような、奇妙で鋭利な「空間の揺らぎ」を感知した。
それは、静謐を極めた水面に一滴の重油を落とした時に広がる、不気味で重厚な波紋に似た感覚。
アレンは本能的に身体を固くした。
彼自身はまだ自覚していないが、それは魔術式というフィルターを通さず、世界の理である魔力を直接読み取る、彼固有の理外の能力によるものだった。
何者かが、確実にこちらへ向かってきている。
気配は徐々に、しかし決定的な密度を増して大きくなっていく。
だが、その揺らぎは攻撃的な冷たさではなく、どこか澄み渡り、陽だまりのような温かさを内包していた。
世界最高クラスの純度を持つ、透明な魔力の旋律。
周囲の光が不自然に屈折し、巨大な根が作る深い陰影から、一筋の細い影がゆっくりと差し込む。
誰かが、すぐ近くまで来ている。
強張った身体で振り返ろうとした、その刹那――。
視界の端で、白銀の閃光が鮮烈に跳ねた。




