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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第28章:砂塵の残響

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28-9

広間を埋め尽くしたのは、逃れようのない白銀の死であった。意識を侵食されたセラフィナが放った上級複合魔術《閃光砲フラッシュ・キャノン》の多重展開。圧縮された光と火属性が物理的な熱量となって空気を焼き、逃げ場のない熱波がリィナたちの結界を激しく叩いた。広間の空気そのものが白く発光し、視界の端々に焼け付くような残像を刻みつけていく。


「いけませんわ! あの密度、まともに受ければ結界ごと消し飛びます!」


セリス・ヴァレンティアの悲鳴に近い警告が響く。彼女は反射的にリィナの前へ踏み出そうとしたが、その足が動くよりも早く、アレン・ヴァルグレイは一歩も引かなかった。彼は無造作に右手を掲げ、網膜を焼くような白銀の奔流へと向かって、事もなげに足を踏み出した。漆黒のコートの裾が、迫りくる熱風にわずかに煽られる。


魔術消去ディスペル・アーツ


──パリンッ。


世界がひび割れるような硬質な音が響いた瞬間、広間を焼き尽くさんとしていた高熱の閃光が、アレンの手前で嘘のように霧散した。熱量も、物理的な衝撃も、まばゆい光さえも。現代魔術の到達点の一つと称される天才の一撃が、理外の権能によって「最初から存在しなかったこと」へと書き換えられたのである。消え去った光の残滓が、粒子となって静かに床へと沈んでいくその光景は、まるで祭りの後の花火の燃え滓のように、どこか儚く見えた。


「……セラフィナ・アルシェル。あんたを、そこから引きずり出す」


アレンの周囲で、漆黒の魔力粒子が陽炎となって立ち上る。自らの意志を奪われ、不浄な放送の中継器ブースターとして冒涜されるサハリスの至宝。その呪縛を断ち切るため、理外の零番が、静かに「黒鋼」の深淵へと踏み込んだ。彼の足取りに迷いはなく、瓦礫を踏む硬質な音だけが、静まり返った広間に規則正しく響いていた。


『排除。……再接続、出力を最大へ』


無機質な声と共に、彼女の背後に繋がれた太い導管が真っ赤に過熱し、再度の魔術構築を開始した。導管の表面が発する熱によって、周囲の空気が陽炎のように揺らめく。だが、その詠唱が完了するよりも速く、アレンの身体が座標を上書きするように彼女の懐へと潜り込んだ。彼の姿は一瞬、視界から掻き消えたかのように見えるほどの速さで、セラフィナの目前へと到達していた。


「……悪いが、少し痛むぞ」


アレンは無造作に右手を伸ばし、セラフィナの胸元──魔力系統の深部へと掌を吸い付くように添えた。


《衝撃制御・零距離衝撃ゼロレンジ・インパクト


ド、ンッ!!


内臓を揺らすような重低音が広場を震撼させた。だが、セラフィナの肉体には微かな揺れすら生じず、衣服すら乱れてはいない。アレンが放った衝撃は「外殻」ではなく、彼女の魔力系統に寄生している「不純物」だけに限定リミットされ、物理的に外へと弾き出された。広間の空気が一瞬、質量を持って重く沈んだかと思うと、次の瞬間には嘘のように軽くなっていた。


「……ッ、あ、……あああああ!」


セラフィナの四肢から蒼紫色の火花が散り、背中の端子から黒い結晶体のようなものが粉々に砕け飛んだ。アーラム機関が植え付けた、精神ネットワーク接続用の「汚染のくさび」。それが消滅した瞬間、基地を満たしていたおぞましい脈動が完全に停止した。天井を這っていた無数のケーブルが一斉に光を失い、まるで役目を終えた蔦のように力なく垂れ下がる。


接続を失ったセラフィナの身体が、糸の切れた人形のように力なく崩れ落ちる。アレンはその細い肩を、大きな手で静かに受け止めた。彼女の身体は驚くほど軽く、そして冷たかった。長らく命を燃料として搾り取られ続けてきた事実を、その軽さが何よりも雄弁に物語っていた。


「……ア、レン……様……?」


微かに開かれた彼女の琥珀色の瞳に、知性の光が戻る。混濁した意識の中で、彼女は自身の身を支える男の胸元――衣服の隙間から覗く、世界樹の加護である「蔦状の紋様」へと、震える指先で触れた。その指先の動きは弱々しく、だが確かな意志を持ってアレンの肌に触れた。


「……懐かしい、花の匂いがしますわ……。二千年前の……雪の日のような……」


「──っ」


アレンの心臓が、物理的な衝撃を受けたかのように激しく波打った。二千年前の雪の日。銀白色の髪を揺らし、自分を未来へと送り出した「彼女」の残像。名前も声も思い出せないはずの記憶の断片が、セラフィナ(No.6)の呟きに共鳴し、魂の深層でうずきを上げた。胸の奥、蔦状の紋様の奥底で、何かが微かに脈打つのをアレンは確かに感じ取っていた。


セラフィナ(No.6)自身に記憶があるわけではない。だが、サハリス王家が誇る高位の精神魔術師である彼女は、無意識のうちにアレンの魂を守る「銀白色の保護層」──失われた約束の術式に触れ、その根源的な祈りを感じ取ってしまったのだ。彼女の琥珀色の瞳には、まだ焦点の定まらぬ疲労の色が残っていたが、その奥には確かな安堵の光が宿り始めていた。


「アレン様!」


背後からリィナとセリスが駆け寄り、主と救出された同志の無事を確認する。リィナは膝をつき、セラフィナの手を両手でそっと包み込んだ。その温もりに触れ、セラフィナの浅い呼吸が少しずつ落ち着きを取り戻していく。セリスもまた、崩れ落ちた広間の惨状を一瞥しながら、安堵の息を静かに漏らした。サツキもまた、薙刀を構えたまま主の死角を埋め、周囲の残敵に鋭い視線を走らせていた。彼女の瞳には、緊張が解けきらぬまでも、確かな安堵の色が滲んでいた。


「……終わったぞ、セラフィナ。もう、あんたを縛るものは何もない」


アレンの声は、依然として温度を欠いてはいたが、その奥底には、彼女が口にした「失われた約束」への、切ないほどの郷愁が滲んでいた。彼はセラフィナの肩をそっと支えたまま、しばし言葉を発することなく、彼女の呼吸が整うのを静かに見守っていた。


理外の零番による、強引で慈悲深き救済。それは、砂漠に眠る狂気のネットワークが音を立てて崩壊し始める、決定的な号令となった。アレンはセラフィナをリィナへと預けると、凍てつくような眼光を、まだ脈動を続ける基地の中枢──その最奥へと向けた。崩れた天井の隙間から差し込む一筋の光が、瓦礫の積もる広間を薄く照らし出し、これから彼らが向かうべき暗がりの輪郭を、静かに浮かび上がらせていた。


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