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王都アルヴェンの夜は、地上の星屑をぶちまけたような極彩色の魔導光に包まれていた。
最高級『ヴァルシオン・ホテル』の最上階。魔軌士局との公式提携によって管理されるその特別フロアは、外界の喧騒を遮断する重厚な防魔結界に守られ、静謐な空気が流れている。
アレンは、身体の各部位に馴染み始めた高級ソファに深く背を預け、窓の外を眺めていた。長身が描く影は、室内の淡い間接照明に照らされ、壁面に長く伸びている。
傍らでは、誓導者のリィナが手慣れた所作で温かい茶を淹れていた。立ち上る香気は、深層迷宮での殺伐とした記憶を穏やかに上書きしていく。
「……落ち着かないな。つい先日までは、世界樹の町のアパートで日銭を稼いでいたってのに」
アレンが独り言のように呟くと、リィナは静かにカップを机に置き、アレンの対面に腰を下ろした。
迷宮『蒼風峡谷』の二五階層までを一気に踏破し、手にした報酬は一〇二億エル。魔軌士としての階級も「魔軌補」から一足飛びに昇格が決まり、二人の生活は文字通り一夜にして激変していた。
「アレン様。……ルミナちゃんのこと、少しお話ししておきたいんです」
リィナが意を決したように切り出した。その淡い青色の瞳には、使命を共有する「誓導者」としての真摯な光が宿っている。
「ルミナか。……正直、俺はほとんど何も聞いてないんだ。あいつ、吸収される直前までバタバタしていたからな」
アレンが自身の胸に手を置くと、そこには魔力回路の核として溶け込んだ妖精の、消えることのない温もりが微かに感じられた。
「ふふ、そうですよね。あの子、知識は凄いですけど……実は、すごくおっちょこちょいなんです」
リィナは苦笑を浮かべ、二十センチほどの小さな光の妖精が世界を放浪していた「千七百年の軌跡」について語り始めた。
女神セラフィナによって創造された魔術生命体、ルミナ。彼女の真の使命は、アレンの精神を守ること、そしてアレンの波長と一致する「誓導者候補」を見つけ出すことだった。
「条件に合う波長を持つ人は、この広い世界に二人だけでした。一人は、私。そして──」
リィナは一度言葉を切り、アレンをまっすぐに見つめた。
「もう一人は、西の大陸・ガルディア公国にいます。私の中等部時代の同級生です。アレン様、その人にも、できるだけ早く会うべきです」
アレンは眉を寄せ、思考を巡らせた。彼の《魔力直接操作》によって覚醒した魔力は、今や一つの国家を揺るがすほどの質量を持っている。だが、その力を正しく運用し、世界の理を守るためには、ルミナが選んだ欠片をすべて集める必要があるのだ。
話題は、二人が通っていた特殊な教育機関へと及んだ。
エルディアの世界では、一般科として共通語や算数のほかに、魔術や戦技が基礎教養として教えられている。だが、リィナたちが通っていたのはその頂点、専門特化された『特殊科』の中でも最難関とされる場所だった。
「世界で唯一の、誓導者候補育成機関。──『誓環学院』。場所はガルディア公国の首都、ガルディアスにあります」
「世界にたった一つか。……それじゃあ、そこにいるのが最後の一人ってわけだな」
アレンの言葉に、リィナは力強く頷いた。彼女の瞳には、かつての級友への信頼と、主を導くための確信が溢れていた。
リィナは微笑み、アレンの大きな手にそっと自身の掌を重ねた。
「その人は、アレン様にとって本当に重要な人になります。……必ず」
窓の外、西の地平線の彼方。そこにはリィナの故郷であり、次なる目的地となるガルディア公国が眠っている。
「わかった。行こう、ガルディアへ。ルミナが残した最後の一ピース、拝ませてもらうとしよう」
アレンの短い返答に、リィナは満開の花のような笑顔を見せた。
王都アルヴェンでの「散歩」を終え、二人の理外の物語は海を越え、西の大陸へと大きく動き出そうとしていた。




