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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第4章:迷宮の理を穿つ

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4-8

女神歴二一九六年、二月中旬。

王都アルヴェンの街角には、まだ冬の鋭い名残が居座り、時折吹き抜ける北風が魔導歩道の通行人たちの襟を正させていた。

四大迷宮『蒼風峡谷あおかぜきょうこく』の二度目の遠征を終えたアレンとリィナは、迷宮特有の乾いた魔力の匂いを纏ったまま、王都の魔軌士局支局へと足を踏み入れた。


自動ドアが開くと同時に、局内に漂う騒熱が二人を包み込む。だが、アレンが窓口へと歩みを進めるたび、談笑していた魔軌士たちが波が引くように沈黙し、道を開けていった。

彼らが手にする「アーク・リンク」の画面には、二月一日付で更新された新たな身分が刻まれている。


──階級:上級魔軌士シニア・アーク・コントラクター


かつて「魔軌補まきほ」と揶揄された見習いの面影は、今の二人には微塵もない。特にリィナの隣を歩く、漆黒の戦闘服に身を包んだ青年の放つ、凪いだ海のような静かな威圧感。それが、彼らが死線を越えてきた本物の強者であることを無言で証明していた。


「支局長のレイフォルトさんに、お目にかかりたいのですが」


リィナが受付の職員に静かに告げると、その職員は二人の顔を確認するなり、椅子を蹴るような勢いで立ち上がり、奥の執務室へと走り去った。


案内された支局長室。

重厚なマホガニーのデスクを挟んで座る支局長レイフォルト・ハーグレンは、慢性的な胃痛に顔をしかめながらも、二人を温かく、しかし畏怖の混じった眼差しで迎えた。


「……思ったより早かったな。無事の帰還、何よりだ」


リィナはアレンの隣で、迷いのない手付きで小鞄を開いた。

「今回の収穫です。まずは一階層から二五階層までの守護獣ボス魔石を」


澄んだ音を立てて、机の上に蒼白い輝きが並べられていく。室内の温度が、凝縮された魔力の余波でわずかに下がったかのような錯覚。立ち会っていた老鑑定士が、震える指先で一つずつ魔石を確認していく。


「今回も二五階層があるか……。ありがたい。価格設定の協議はすでに終わっている。即座に処理を進めよう」


レイフォルトが端末を叩き、事務的な精算が進められる。一通りの作業が終わり、室内を支配していた張り詰めた空気が緩みかけたその時。

リィナが、さらにもう一つの魔石を静かに、けれど確かな重みを持って机の中央に置いた。


それは、今までのどれよりも深く、冷徹で、吸い込まれるような闇を宿した漆黒の魔石だった。


「な……、ま、まさか……っ!」


鑑定士の目の色が変わった。眼鏡を支える指が激しく震え、顔から一気に血の気が引いていく。


「二六階層……。間違いありません、これは……人類の限界点を超えた『未踏域』の心臓コアですな……!」


レイフォルトは絶句し、胃痛を忘れて立ち上がった。二五階層という、王都の精鋭たちが数十年かけても超えられなかった絶望の壁。この二人はその先の深層魔石を提示してきたのだ。


「……値段、決まってないだろ」


アレンが淡々と、他人事のように言葉を添えた。


「王宮と価格を協議しておいてくれ。十日後にまた来る。……預かり証を頼む」


「あ、ああ……承知した。至急、最高位の案件として処理させてもらう」


レイフォルトは掠れた声で応じるのが精一杯だった。リィナは手元の端末を操作し、事務的なトーンで続けた。


「それと支局長。しばらく深層へは行きませんので、探索パーティのスケジュールから、私たちの名前を外しておいてください」


「そ、そうか……。わかった。ゆっくり休むといい」


あっけにとられたままの支局長たちを背に、二人は静かに部屋を後にした。


局を出た二人が向かったのは、迷宮街から少し離れた場所にそびえ立つ、王都の誇る最高級の宿だった。

『ヴァルシオン・ホテル』。

各国の王族や国家要人、そしてVIP待遇の魔軌士のみが宿泊を許される、格式高い巨城。全館に高性能な防魔結界が張り巡らされたその空間は、外界の喧騒を完全に遮断していた。


「……すごいところだな。宿っていうより、城だろこれ」


「魔軌士局と提携している、この世界でも最高峰のホテルですよ。アレン様の安全を確保するには、ここが一番です」


リィナは慣れた様子でフロントを通り、魔軌士専用フロアのスイートルームへと案内させた。彼女が選んだのは、長期契約が可能な広大な一室。迷宮で得た天文学的な収益を背景に、リィナは迷うことなく年間契約のサインを交わした。


厚手の絨毯が敷き詰められた、豪華な客室。

リィナは大きな窓から見える王都の夜景を背に、ふぅ、と深く、温かい溜息を吐いた。彼女はキングサイズのベッドに腰を下ろすと、眩しいほどの笑顔をアレンに向けた。


「すごかったですね、五五階層……。今でも、あの光景が目に焼き付いています」


その言葉に、アレンは静かに頷いた。

魔軌士局には混乱を避けるために二六階層の魔石しか提出していない。だが、二人が実際に辿り着き、その目で見た深淵の記憶──迷宮の真実の一端は、二人だけの秘密として、この静謐な部屋の中に深く刻まれていた。


アレンはリィナの傍らに立ち、二つの月が昇り始めた夜空を見上げた。

一〇二億の報酬、上級魔軌士への昇格、そして未踏域の踏破。

理外の男と銀髪の誓導者の歩みは、この世界の「常識」を置き去りにしたまま、さらなる深淵へと加速し始めていた。


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