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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第27章:豊穣の陥穽(かんせい)

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部屋の入り口には、自動小銃を携えた保安官たちが彫像のように直立し、かつての救世主の仲間たちを「重要参考人」として厳重に監視していた。窓の外では、傾き始めた陽光がゆっくりと橙色を帯び、待機室の壁に長い影を落としている。


「……アレン様、本当に行ってしまいましたわね」


セリス・ヴァレンティアが、窓硝子を叩く微かな風の振動を感じながら呟いた。青色の瞳には、主を奪われた怒りよりも、その理不尽な「断罪の数式」を組み立てた者への冷徹なまでの軽蔑が宿っている。彼女は指先でアーク・リンクを操作し、空間に投影された「土壌汚染データ」の捏造箇所を、無言のまま解析し続けていた。画面に浮かぶ数値の羅列を辿るその横顔には、感情を押し殺した者特有の張り詰めた静けさが漂っていた。


「ええ。でも、あの方の瞳は『待て』と言っていました」


リィナ・フェルウェンが、自身の左手薬指で鈍い光を放つ共鳴指輪をそっとなぞった。 魔力循環誓約を通じて伝わってくるアレンの鼓動は、驚くほど静かで、一点の曇りもない。それは、この不条理な拘束さえもが、真実を暴くための「観測」に過ぎないことを物語っていた。リィナは指輪の冷たい感触を確かめるように何度も指をすべらせ、その律動の安定さに、自分自身の呼吸をも合わせようとしていた。


「アレン様が一人で戦っているのなら、私たちのやるべきことは決まっています」


サツキ・ハートフィールドが、椅子に預けていた薙刀の石突を静かに石床に響かせた。茶系のポニーテールをきつく結び直し、武人としての鋭い気配を限界まで押し殺す。彼女の視線は、既に待機室の天井角に設置されたホログラム監視カメラの死角と、廊下を巡回する保安官の足音の周期を完璧に捉えていた。呼吸の一つ一つが、これから始まる潜入への静かな準備として、彼女の内側で整えられていく。


「……行きます。バルトロメウス教授の研究所へ。アレン様が戻ってくる場所を、私たちが整えなければなりません」


リィナの決然とした言葉に、二人が短く頷く。彼女たちは「高級な収納魔導具」を装ったカモフラージュ鞄から、隠密任務用の装備を音もなく取り出した。黒く染められた軽装の外套、足音を消すための布靴、そして小型の通信端末。それぞれの手が迷いなく動き、支度は驚くほど短い時間で整えられていった。


数分後、待機室の扉は依然として閉ざされたままだったが、その内部に三人の姿はすでになかった。サツキの「物理的な死角の看破」と、リィナの「気配の感知」、そしてセリスが展開した微弱な「光の屈折術式」による隠蔽。魔導文明の警備網が最も不得手とする、武と術の原始的な融合が、厳重な包囲を音もなく通り抜けたのである。


フェルシアナ郊外。収穫を待つはずの黄金の小麦畑が、不気味な蒼い燐光を帯びて夜のとばりに沈んでいた。その中心にそびえ立つのは、白亜の巨塔──フェルシア魔力農業研究所。現代魔導工学の粋を集めたその施設は、今や一人の狂信者が描き出す「災厄の設計図」を隠し持つ巨大な檻と化していた。夜風に揺れる小麦の穂が、月明かりを受けてぼんやりと蒼白く発光し、まるで施設全体を守るように囲んでいる。


三人は研究所を囲む強化防魔フェンスの陰に身を潜めた。冷たい夜気が肌を刺し、遠くから微かに漏れ聞こえる研究員たちの声が、静寂の中に不気味な緊張を運んでくる。


「……警備の密度が、王宮のそれと変わりませんね」


セリスが遮断壁に指先を触れ、流れる魔力信号を読み取る。センサーの網が幾重にも重なり、不用意な魔力行使を待ち構えている。彼女は瞼を伏せ、指先に神経を集中させながら、複雑に絡み合う信号の紋様を一つ一つ丁寧に読み解いていった。


「大丈夫です。魔力の流れに、わずかな『淀み』があります」


リィナが瞳を閉じ、思考読解の応用で施設内に残留する「思考の質感」を探る。警備兵たちの事務的な警戒、研究員たちの焦燥、そして深部から立ち昇る、あの肺に粘りつくような「重い魔力」の残響。彼女の意識は、まるで静まり返った水面に指先を沈めるように、施設全体の気配を一つ一つ丁寧に掬い上げていった。


「三分後に、巡回警備の魔力署名が入れ替わります。その瞬間に、排気ダクトの保安結界が三〇〇ミリ秒だけ、同期のために浮くはずです」


「……十分です」


サツキが低く構え、瞬発力を脚部へと集中させる。


《月影・踏影ムーンリット・ステップ・シャドウ


爆発的な初速を約束していた。彼女の呼吸は、外から見ればほとんど止まっているかのように静かだったが、その内側では研ぎ澄まされた集中力が、蕾が花開く直前のように静かに満ちていた。


研究所の深部へ向かう三人の影は、まるでアレンを繋ぎ止めていた「くさび」そのものが自ら動き出したかのような、迷いのない軌跡を描いていた。


暗いダクトを抜け、無機質な金属の廊下を滑走する。遠くで響く機械の唸りと、冷たい空調の風。サツキが前衛で物理的な罠を解除し、リィナが魔力の探知で敵を避け、セリスが電子的・魔術的なロックを次々と解体していく。三位一体の円環は、主不在の極限状況下で、かつてないほどの精度で噛み合っていた。廊下の角を曲がるたびに、三人はほとんど言葉を交わすことなく、互いの気配だけで次の動きを察し合っていた。


やがて彼女たちは、バルトロメウス教授の個人研究室へと続く、一際重厚な防魔扉の前に辿り着いた。その扉の向こうからは、大地の呻きを増幅させたかのような、おぞましい不協和音が漏れ出している。扉の隙間から漏れる仄かな蒼白い光が、三人の足元を不気味に照らしていた。


「……ここですわ。この扉の先に、アレン様を辱めた『嘘』の正体があります」


セリスがレイピアの飾緒を握り締め、凛とした令嬢の口調の中に処刑人の冷徹さを滲ませた。彼女の瞳の奥には、長年培ってきた誓導者としての誇りと、主を陥れた者への静かな怒りが、揺るぎない一点へと収束していく気配があった。


リィナは静かにロッドを構え、自身の魔力を安定させる。サツキは薙刀を中段に据え、扉の向こう側に潜む「何か」を、武人の直感で射抜いた。三人の呼吸は、示し合わせたわけでもないのに、いつしか完全に一致していた。


最強の魔術師に守られていた女性たちは、今、自らの意志で「楔」としての役割を脱ぎ捨て、主の無実を証明するための「断罪の刃」へと覚醒しようとしていた。夜の研究所に、新たな嵐の予兆が、静かに、しかし確実に吹き荒れ始めていた。


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