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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第25章:カザリア内乱

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25-13

衝撃波の残響が、移動都市の巨大なコンテナ群に反響し、黄金の草原に不気味な静寂を強いた。数十メートル吹き飛ばされ、金属の壁面に背を預けて崩れ落ちたセルディオ・ラグラン。王国最強の「盾」が、理外の零番ナンバー・ゼロの掌一つによって、あまりにも呆気なく、無残に地を舐めた事実は、見守っていた獣人たちの魂に、恐怖を通り越した絶望を刻み込んだ。


「セルディオ様が……俺たちの誇りが、負けただと……ッ」


広場を包んでいた静寂は、数瞬の遅れを伴って、血を吐くような怒号へと変貌した。“牙族きばぞく”の若い戦士たちの瞳が、どす黒い憎悪に染まっていく。彼らにとって、アレンがセルディオにかけた「戦火を止めるための慈悲」などは見えていなかった。ただ、自分たちの居場所と誇りを奪い続けてきた王国の「化け物」が、今、最後の希望を力ずくで踏みにじったという光景だけが、網膜に焼き付いていた。


「おのれ、零番。貴様さえ倒せば、王国は俺たちの独立を認めざるを得ないはずだ」


一人の若者の叫びが、火薬庫に火をつけた。その手には、『他国』から供与された不気味な黒鋼色の魔導小銃が握られている。それはカザリア王国の粗野な技術体系とは一線を画す、洗練された「物理的な質量」を弾丸として射出する最新兵器であった。銃身に刻まれた幾何学模様が、鈍い陽光を不気味に照り返していた。


「全戦士に通達。王国の犬を一人残らず排除せよ。あの男の手の中にある正義など、俺たちの血で塗りつぶしてやる」


広場の各所から、連結された車両の影を縫って、数百の獣人たちが雪崩のように押し寄せる。彼らの手にする武器が、冬の薄い陽光を不気味に反射した。土を蹴り上げる足音が幾重にも重なり、地響きのような振動となって広場全体に伝わっていく。


アレンは漆黒のコートを風になびかせたまま、無造作に視線を周囲の熱源へと投げた。襲い掛かる戦士たちの「魔力波長の乱れ」が、制御を失ったノイズの嵐となって映り込んでいる。


「……やめろと言っている。これ以上は、取り返しがつかなくなるぞ」


「サツキ、リィナ。深追いはするな。無力化に徹しろ。……一滴の血も流させん」


サツキ・ハートフィールドが、しなやかな肢体を弾けさせた。彼女は新調された藍色の衣装を翻し、薙刀の柄を短く、極めてタイトに持ち替える。アレンの魔力循環を受けた彼女の身体能力は、既に人理を遥かに超えた領域にあった。


──キィィィィィン。


空気を切り裂く高周波。獣人たちが『ある男』から与えられた黒鋼色の銃器から、目に見えぬ初速で物理弾頭が射出された。アレンの《魔術消去ディスペル・アーツ》は、理(魔術式)を無に還すが、火薬と質量によって飛来する「ただの鉛の塊」は消去できない。アレンの演算能力を飽和させようとする、飽和物理攻撃。


「──お任せください、アレン様」


サツキがアレンの斜め前方、死角を完全に埋める位置へと踏み込んだ。彼女は魔力感知を一時的に切り捨て、武人としての極限の反射神経のみを研ぎ澄ます。振り上げた薙刀の刃が、鈍い陽光を受けて一瞬白く煌めいた。


「武技――《月下・一閃ムーンリット・フラッシュ》」


白銀の刃が、月光のような鋭い弧を描いた。飛来する物理弾頭が、サツキの振るう薙刀の「面」に接触し、火花を散らして物理的に叩き落とされていく。一秒間に数十発という弾丸の雨。それをサツキは、超人的な速度で「見える」領域へと引きずり込み、アレンの前方に鉄の壁を築き上げた。飛び散る火花が、彼女の茶系のポニーテールをわずかに橙色に染めていた。


「なっ……魔術すら介さずに、我らの弾幕を弾くだと……ッ」


戦士たちの驚愕をよそに、アレンが静かに手をかざした。


──パチン。


魔術消去ディスペル・アーツ》が、物理弾頭を射出し終えた後の魔導銃の「次弾装填プロセス」を構成する術式を次々と破壊する。光を失った武器が虚しく音を立て、アレンの《衝撃制御インパクト・リミット》が、迫る戦士たちを傷一つ負わせずに、巨大な透明の壁で押し流すように弾き飛ばした。地面に転がる戦士たちの間から、驚愕と混乱の呻き声が幾つも上がった。


リィナはアレンの傍らで、淡い青色の《空間隔絶結界スペース・セパレーション》を展開していた。彼女の視線は、戦場の喧騒よりも、アレンの魔力波長に集中している。主の内側で猛る「零」の力を、彼女の献身がアンカーとなって繋ぎ止めていた。淡い光の膜が、アレンとサツキを包み込むように静かに広がっていく。


一方で、セリス・ヴァレンティアは戦場の中央を抜け、その後方に控える部族の女性や老人たちへと歩み寄っていた。金の髪を凛となびかせ、ヴァレンティア辺境伯令嬢としての、圧倒的な威厳と「調停者」としての気品を纏う。


「聞きなさい、カザリアの誇り高き母たちよ」


セリスの声は、戦場を支配する狂乱を鎮めるほどに澄み渡り、理知的であった。周囲で震えていた女性たちが、思わず顔を上げてその声の主を見つめた。


「あなた方の息子や夫を、ここで無駄死にさせるおつもりですか。私たちのマスターは、彼らを殺そうとはしていません。その慈悲を、『他国』から与えられた安っぽい怒りで塗りつぶしてはなりませんわ」


セリスはレイピア《煌光穿グロリアス・ライト・ピアース》を鞘に収め、丸腰であることを示した。彼女の指先が、鞘の留め具をゆっくりと確かめる仕草に、女性たちの緊張がわずかに解けていくのが分かった。


「独立の旗を掲げるのは自由ですわ。ですが、その旗が『どこか他の国』が用意した死に装束になることを、あなた方は望んでいるのですか」


「その手に持たされた黒鋼色の魔導小銃が、本当にあなた方の未来を拓くものだと信じているのですか。……『他国』が貸し与えた正義。それは、あなた方を誇り高い部族から、ただの使い捨ての『兵器』へと変えるための鎖に過ぎませんわ」


その凛とした言葉に、戦士たちの背後で震えていた年配の女性たちが動きを止めた。彼女たちの瞳に、盲目的な怒りではない、未来への「恐れ」と「気づき」が灯り始める。一人の老女が、隣に立つ若い女性の腕をそっと掴み、何かを訴えるように首を振っていた。


戦場の中心で、アレンは絶え間なく襲いかかる若者たちを、淡々と、しかし確実に無力化し続けていた。サツキという「物理的な楔」を得たことで、彼の理外の力は初めて、一滴の血も流さない完璧な制圧へと昇華されていた。地面に転がる戦士たちの誰もが、体に傷一つ負っていないことに、やがて自分たち自身が気づき始めていた。


かつてセルディオが守りたかった、けれど絶望のあまり手放しかけた「草原の平穏」を、アレンたちが今、その命を賭して繋ぎ止めていた。広場の砂塵が徐々に収まり、乱れていた戦士たちの隊列も、次第にその勢いを失っていく。剥き出しだった殺意の代わりに、困惑と迷いの色が、彼らの表情に少しずつ広がり始めていた。壁面に背を預けたままのセルディオは、その光景を、荒い呼吸を整えながら、じっと見つめ続けていた。


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