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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第25章:カザリア内乱

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25-10

冬の陽光に照らされた黄金の草原を、巨大な影が音もなく滑るように往く。それは古き時代の城塞ではない。カザリア独自の魔導工学が産んだ、鉄と誇りの結晶――巨大な魔導コンテナハウスを連結させた「移動都市」の群れであった。


電動モーターの重厚な低音の唸りが、乾いた大地を微かに震わせている。連結された車両の壁面には、色褪せた部族の紋章が精緻なホログラムとして投影され、風に乗って濃厚な乾燥した草の香りと、獣人たちが放つ野生の熱気が漂ってくる。王国軍の装甲車がその境界線に差し掛かった瞬間、空気が物理的な質量を伴って凍りついた。


「止まれ、人間の犬どもが。これ以上は『独立派』への宣戦布告と見なす」


行く手を阻んだのは、鋭い犬歯を剥き出しにした“牙族きばぞく”の戦士たちだった。彼らが構える魔導槍の穂先は、王国の規格品にはない、不気味なほど洗練された黒鋼色の輝きを放っている。どこか別の国の、それも極めて高度な魔導工学の痕跡が、その無機質な刃に刻み込まれていた。周囲を取り囲む戦士たちの視線は、王国の車両の一台一台に鋭く注がれていた。


「……アレン様」


リィナがそっと一歩前に出た。銀髪を草原の風になびかせ、彼女は戦士たちの燃えるような瞳を、淡い青色の瞳で真っ直ぐに見つめ返す。彼女の意識の網が、戦士たちの殺気の奥底に沈む「絶望」と、それ以上に深い「何かにすがりたいという切望」を丁寧に拾い上げていく。


「……彼らの中に、嘘はありません。王国への恐怖と、自分たちの居場所を守りたいという純粋な意志……。私たちは、戦いに来たのではありません」


リィナの透き通るような声が、殺気に満ちた広場に静かな波紋を広げた。戦士たちの槍先が、僅かに揺らぐ。その隙を見逃さず、アレンは無造作な足取りで車両から降り立ち、戦士たちの群れの中へと足を踏み入れた。彼の周囲には、余計な威圧を発することもなく、ただ淡々とした静けさだけが漂っていた。


都市の中心部、一際巨大な魔導コンテナ。そこは、各部族の長たちが集う円卓の広間であった。天井近くに設置された魔導灯の光が、円卓を囲む長老たちの深く刻まれた皺を、より一層濃く浮かび上がらせていた。


「王国は、俺たちを国民とは見ていない。……あの子どもの血が、それを証明したのだ」


黒鬣族くろたてがみぞく”の長老が、掠れた声で吐き捨てた。卓上には、北部街道で汚された牙族の紋章が、弔いの灯火ともしびに照らされて置かれている。木彫りの表面に残る赤い染みが、灯火の揺らめきに合わせて微かに陰影を変えていた。アレンはその紋章に刻まれた、少年の魔力の残滓を視覚的に捉え、静かに目を細めた。


「王の旗の下にある限り、俺たちの誇りは踏みにじられ、血は資源として浪費される。……ならば、俺たちは俺たちの旗を掲げる。……ある男が言ったのだ。自由の種は、既に俺たちの手の中にあると」


「……ある男、か」


アレンの極低温の問いが、広間に重苦しく響いた。彼の漆黒の瞳は、長老の背後に控える若き戦士たちが手にしている、カザリアの技術体系から逸脱した魔導通信機を冷徹に射抜いていた。端末の表面に刻まれた幾何学模様が、灯火の光を受けて不気味に鈍く光っていた。


「差別と悲劇、それは事実だろう。だが、武力による独立をそそのかした『影』に、お前たちは気づいていないのか。その洗練された武器を貸し与え、草原に戦火を求めているのは誰だ」


広間は、爆発寸前の沈黙に包まれた。部族長たちの瞳に、怒りと、それを上回る「見えない存在」への疑惑が僅かに混ざり合う。長老の一人が卓上の紋章を無言のまま指先で撫で、視線を落としたまま何も言葉を発せずにいた。


移動都市の最奥、完璧な防魔壁に守られた特別居住区。そこには、王国の重責を捨て、自らのルーツへと身を投げた男、セルディオ・ラグランが独り佇んでいた。窓の外には、乾いた冬の草原が地平線まで広がり、風に揺れる枯草の音だけが微かに聞こえていた。


(……来ているのか。理外の零番ナンバー・ゼロが)


報告を受けるまでもなく、セルディオはその「気配」を肌で感じ取っていた。アーク・リンクのログには表示されない、世界そのものを書き換えてしまうような圧倒的な静寂。かつてバルムートで、あるいは王宮で感じたあの不快なまでの「凪」が、今、黄金の草原を飲み込もうとしている。彼の肌が、その静けさの重みを本能的に感じ取り、微かに粟立っていた。


「アレン・ヴァルグレイ……。お前なら、この草原に流れる血の責任を、誰に問うつもりだ」


琥珀色の瞳に宿るのは、後悔ではない。どこかの他国の正義を借りてまで、自分と同じ血が流れる者たちを救おうと決めた男の、悲痛なまでの覚悟であった。窓の外では、地平線へと向かう冬の風が、部族の旗を激しく打ち鳴らし続けていた。旗の翻る音が、閉ざされた居住区の中にまで、微かに、しかし確かに届いていた。


セルディオはしばらくの間、窓の外を見つめたまま動かなかった。彼の脳裏には、あの北部街道で見た少年の血の色、王国から離反する時に交わした誓導者たちとの最後の会話、そしてこれから対峙するであろう理外の男の存在感が、幾重にも折り重なって渦を巻いていた。手のひらに残る剣の柄の感触だけが、今の彼を現実に繋ぎ止めている唯一のいかりのようだった。


やがて彼は深く息を吐き、窓辺から離れると、剣を腰に差し直した。移動都市の広間から漏れ聞こえてくる長老たちの声と、そこに響くアレンの温度を欠いた問いかけが、閉ざされた居住区の扉越しにも、断片的に伝わってくるようだった。草原に吹く風はいよいよ強さを増し、遠くの送電鉄塔が軋む音を、断続的に響かせ続けていた。


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