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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第25章:カザリア内乱

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25-5

「どうして……どうして王国は、私たちの子どもを守ってくれないの……」


凍てつく北部街道の広場に、母親の慟哭が突き刺さる。赤く染まった雪を抱き、獣人の女性は絶望に打ち震えていた。その傍らで、カザリア王国の「最後の盾」たる特級魔軌士No.5、セルディオ・ラグランは、石像のように動かずその光景を見つめていた。膝を突いたまま、彼の視線は少年の亡骸から一寸たりとも動かない。


(……俺が守ってきた『秩序』の正体は、これだったのか)


握りしめた拳が、怒りと悔恨で白く震える。彼の足元に横たわるのは、自分と同じ「混血」という呪いの波長を持つ少年のむくろ。王国を支える魔導送電鉄塔の無機質な影の下で、法を守るべき魔術銃の弾丸が、守るべき同胞の命を貫いたのだ。風が吹くたび、少年の周りに散らばった雪が粉のように舞い上がり、赤く染まった地面をわずかに覆い隠しては、また露わにしていく。


混乱と殺気が渦巻く中、一人の獣人独立派の戦士が、雪を蹴ってセルディオへと歩み寄った。その手には、王国の無骨な規格品とは一線を画す、不自然なまでに洗練された黒鋼色の魔導槍が握られている。他国から秘密裏に供与された最新兵器の鈍い輝きが、草原の曇天を反射していた。


「……見ただろ。王国にとって、俺たちは管理されるべき資源か、排除されるべき異物でしかない」


戦士の声は低く、地を這うような重厚な響きを伴ってセルディオの鼓膜を揺らした。その瞳には、王国兵への燃えるような敵意と、セルディオという「同類」への剥き出しの共感があった。彼の視線は一瞬、少年の亡骸へと向けられ、それから再びセルディオの顔へと戻ってきた。


「お前は混血だ。その魔力の底に流れる『濁り』……俺たちには隠せないぞ。なら、偽りの王権を捨て、俺たちの側に来い。男が言ったはずだ。自由の種は、もう芽吹いていると」


セルディオの心臓が、大きく跳ねた。脳裏に、王宮の回廊で通信機越しに聞いた男の冷徹な声が蘇る。『決断の刻は、向こうからやってくるものだ』。あの時はまだ遠い予言のように聞こえたその言葉が、今、自分の足元に横たわる小さな骸によって、動かしがたい現実として突きつけられていた。


一陣の乾燥した風が草原を吹き抜け、遠くの移動都市で翻る牙族の旗を激しく打ち鳴らした。セルディオはゆっくりと顔を上げ、カザリア王宮がある南の空を一瞥した。そこには、純血主義と形式美に塗りつぶされた、凍てついた停滞の空があった。分厚い雪雲が地平線の彼方まで続き、王都の方角だけがどこまでも重く沈んで見えた。


「……わかった。俺は、お前たちと行く」


その言葉は、特級魔軌士としての地位、名誉、そして「カザリアの盾」という仮面を、自らの手で粉砕する決別の宣言であった。声そのものは静かだったが、その響きには、これまで積み上げてきたすべてを一度に手放す者だけが持つ、重く冷たい確かさがあった。


「……マスター……ッ」


背後で、二人の誓導者の悲鳴に近い声が重なった。第一誓導者カレン・ミストリアは、青い瞳を限界まで見開き、信じられないものを見るように主を見つめていた。第二誓導者リディア・フェルシアは、かけるべき言葉を失い、ただその場に立ち尽くしていた。二人の指先は、防寒着の袖の内側で、無意識のうちに強く握りしめられていた。


二人の脳内には、魔力循環誓約オースを通じて、セルディオの魂から溢れ出した「黒い絶望」と、それ以上に烈しい「復讐の炎」が、焼け付くような不協和音となって流れ込んでいた。魂の奥底から立ち上るその熱量は、これまで彼女たちが知っていたセルディオの、どこか軽薄で余裕のある気配とはまるで違う、剥き出しの何かだった。


(カレン、リディア……すまない。俺はもう、この嘘を抱えたままお前たちの隣にはいられない)


セルディオの全身から、これまで隠し続けていた、獣人の本能を孕んだ禍々しい魔力圧が爆発した。それは王国の秩序を拒絶し、草原を焼き尽くさんとする反逆の胎動。周囲の雪が、その圧力にわずかに舞い上がり、渦を巻いてはまた地面へと落ちていった。


王国の守護者たる魔導剣士は今、自らのルーツという名の深淵へ身を投げ、大陸のパワーバランスを根底から揺るがすカザリア内乱の火蓋を、自らの手で切って落としたのである。

広場を包む沈黙の中で、母親の嗚咽だけが、いつまでも途切れることなく続いていた。獣人独立派の戦士たちは、セルディオを取り囲むように静かに輪を狭め、その決断を確かめるように、誰もが息を潜めて彼の次の言葉を待っていた。

空を覆う雪雲は、いよいよその重みを増し、地平線の彼方から新たな寒波の気配を運んでくるようだった。


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