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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第25章:カザリア内乱

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25-4

白く凍てついた地面に広がる、鮮烈な赤。


その色彩が網膜を焼いた瞬間、セルディオ・ラグランの意識は、音を立てて数年前の冬へと引き戻された。


── 数年前。カザリア王国北部、人間側の部族が統治するある集落。吹き荒れる猛吹雪の中、王宮での修行を一時的に許され帰郷したはずの青年を囲んでいたのは、温かな歓迎ではなく、剥き出しの「拒絶」であった。


「……おい。お前、獣人の血が混じってるんだろ」


吐き捨てられた言葉は、飛来する氷のつぶてよりも鋭く、少年の心を深々と刺した。集落の若者たちが、さげすみの色を隠そうともしない灰色の瞳で彼を包囲する。吹雪の中、彼らの吐く白い息だけが、次々と生まれては消えていった。


「王国の顔をして、俺たちの土地を歩くな。……その濁った魔力、吐き気がするんだよ」


セルディオは当時、既に王宮で魔術の才を認められ始めていた。彼は震える拳を握りしめ、喉の奥から必死に言葉を絞り出した。


「……俺は、王国のために戦っているんだ。いつか、お前たちの安全を守るために……王国の盾になるために」


だが、返ってきたのは、肺の奥まで凍りつかせるような乾いた嘲笑だった。


「だから何だ。混じりものは混じりものだ」


一人の若者が、セルディオの足元に唾を吐き捨てた。吹雪に紛れて、その唾はすぐに白い雪の中へと沈んでいった。


「部族の血を汚すな。……お前がどれほど手柄を立てようが、その身体に流れる『汚れ』は消えない。お前の存在そのものが、我が国の誇りに対する冒涜なんだよ」


向けられたのは、底冷えのするような冷たい視線。敵対する魔獣よりも残酷な、守るべき同胞からの拒絶。その時、セルディオは悟ったのだ。地平線まで続く広大なカザリアの草原のどこにも、自分の居場所など最初から存在しないのだと。当時の彼はまだ若く、その現実を受け止めるだけの余白を、心のどこにも見つけられなかった。


── 記憶が、現在の光景と重なり合う。


セルディオは、少年の亡骸なきがらの傍らで膝を突いたまま、冷たくなっていくその小さな手に触れた。指先に伝わってくるのは、死の冷気。そして、自身の深層回路と共鳴し、不快な高周波を立てる「混血」特有の魔力波長。あの吹雪の夜に浴びせられた言葉の一つ一つが、今、少年の骸を通して、再び彼の胸を貫いていくようだった。


(……ああ。何も変わっていない。この国は、一歩も進んでいなかったんだな)


数年前のあの日、自分を蔑んだ者たち。そして今日、この子の命を「誤射」という名の無関心で奪い去った兵士たち。それらはすべて、カザリア王国という巨大な「ことわり」が内包する、根深い癌細胞そのものだった。


(俺は……どこにも属せない。人間にも、獣人にも。……この世界の、どこにも)


セルディオが「王国の盾」として積み上げてきた年月は、今、目の前の少年の「赤」によって、修復不可能なほど粉々に砕け散った。彼が守り続けてきたのは秩序などではない。自分の同胞を、自分自身を、静かに磨り潰し続けるための「おり」であった。振るってきた剣も、積み重ねてきた功績も、結局はその檻の中でもがき続けるための行為に過ぎなかったのだと、今更ながらに思い知らされていた。


膝を突くセルディオの琥珀色の瞳に、これまでにない暗い炎が宿った。悲しみではない。それは、長年蓄積されてきた絶望が臨界点を超え、どす黒い「憎悪」へと変質した瞬間の輝きだった。瞳の奥で揺らめくその光は、もはや理性で制御できる範囲を超えつつあった。


(この子は……俺だ。俺が守らなければならなかった、俺自身だったんだ。……それを、この国が殺した)


カザリアの冬の風が、セルディオの頬を撫でていく。その風の中に、かつてある男が囁いた「別の正義」の余韻が混ざり込んでいた。あの通信機越しの、ノイズ混じりの声。決断の刻は向こうからやってくる――その言葉が、今、少年の血と共に、彼の中で確かな形を持ち始めていた。


王国の最後の盾と呼ばれた男の胸中で、かつてないほどの激しい嵐が吹き荒れていた。周囲の兵士たちは、依然としてセルディオから漏れ出す禍々しい魔力圧に息を呑み、誰一人として動くことができずにいる。母親の慟哭は既に嗚咽へと変わり、少年を抱きしめたまま、雪の上に崩れ落ちていた。


その静かな胎動は、草原の平穏を根底から覆す、避けられぬ戦火の前触れであった。セルディオの背後で、送電鉄塔が風に軋む音を立てている。かつて誇りを持って守ろうとした王国の技術の象徴が、今の彼にはただの無機質な鉄の塊にしか見えなかった。少年の血で染まった白い雪原の上に、長く伸びたセルディオの影だけが、この惨劇の唯一の証人であるかのように、微動だにせずそこに在り続けていた。


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