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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第4章:迷宮の理を穿つ

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4-5

転移トラップによって見知らぬ大空洞へと放り出された翌日。

アレンとリィナは、手探りで迷宮の闇の中を進んでいた。

周囲を支配するのは、深層特有の湿り気を帯びた重い空気と、岩肌にへばりついた苔が放つ、神経を逆撫でするような青白い燐光だけだ。


「リィナ。……この辺りに潜んでいる魔獣、昨日戦ったやつと特徴が似ていないか?」


アレンが足を止め、長躯を屈めて倒伏した魔獣の残骸──砂となって消えゆくその輪郭を指し示した。

リィナが魔導ランタンの光を近づけ、その外殻の形状を鋭く観察する。


「ええ、間違いありません。この鋭利な突起と、結晶化した表皮……二七階層の固有種です」


(やはり、ここは二七階層なのか。だが、あの『違和感』は何だ?)


アレンは「理外の視界」を周囲に走らせ、数時間前の彷徨の足跡を脳内で逆再生した。

そして、ある一点──何の変哲もない平坦な石床を指差した。


「……見つけたぞ。昨日、俺たちが唐突に消えた場所だ」


リィナが慌てて「アーク・リンク」を操作し、マッピングデータを更新させる。

真っ白だった画面に、過去の歩行ログと現在地が糸のように繋がり、一つの残酷な真実を映し出した。


「あ……地図が、繋がりました! ……アレン様、信じられません。私たち、あのトラップを踏んだ瞬間、二七階層の大部分を飛び越えて、二八階層の手前まで飛ばされていたんです!」


リィナの驚愕に満ちた声が、空洞の壁に反響した。

昨日、アレンが階段の上で「初見だが手応えがない」と一蹴した巨獣。

それこそが、命懸けで攻略するはずの二七階層の守護獣ボスだったのだ。


「……つまり、あのトラップのおかげで、階層を丸ごと一つ『スキップ』したってことか。存外、便利な代物だな」


「便利だなんて、そんな……! 普通なら、現在地を見失ってそのまま餓死か、魔獣に喰われるのがオチですよ!」


リィナが呆れたように溜息をつくのを余所に、アレンはトラップの発生地点の傍らに鎮座する、巨大な黒岩へと歩み寄った。

彼はそのまま、岩の表面に節くれだった大きな掌をそっと触れ、彫像のように動かなくなった。


アレンの《魔力直接操作アーケイン・マニピュレーション》が、岩の深層にある魔術的な構造を透過する。

彼の視界の中では、岩はもはや物質ではなかった。

それは、世界という巨大な織物に穿たれた「穴」を固定するための、巨大な魔力のくさびに見えていた。


(……ここだ。この岩の裏側を、魔力が奇妙な捻じれ方をして流れている。物理的な座標を無視し、空間そのものを無理やり折り畳んで繋ぎ止めている、不自然な継ぎ目……)


時間は、静かに、けれど濃密に過ぎていく。

アレンの脳内では、現代魔術の理論では記述不可能な膨大な幾何学的計算が、光速で処理されていた。

リィナがその背中に向けて恐る恐る言葉を投げかける。


「アレン様……? 何か、掴めたのですか?」


アレンはゆっくりと岩から手を離した。

振り返った彼の黒い瞳には、迷宮の闇を射抜くような、かつてなく鋭く確固たる光が宿っていた。


「……ああ。空間を繋ぎ止めるための『座標固定』のコツを掴んだ気がする」


アレンはリィナの小さな手を引き、力強い足取りで歩き出した。


「二七階層の安全地帯に戻ろう。……そこで、実験をしたい」


「実験……? まさか、本当に……」


「ああ。『ここ』へ戻ってくる実験だ。座標は、もう魂に刻んだ」


理外の男が放ったその宣言。

それは、迷宮という閉鎖空間における「距離」と「時間」の概念を根底から破壊する、前代未聞の挑戦だった。

リィナは背筋を走る震えを感じながらも、自身を導くその大きな背中を信じ、未知なる理への一歩を共に踏み出した。


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