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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第24章:武の国の残響

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闘技場の中央。アレンは新調された漆黒の鞘から、一振りの剣を抜いた。それはアダマンタイト製のショートソード《蒼断刃そうだんじん》。刀身は陽光を吸い込み、冷徹なまでの黒い光を放っている。抜き放たれた瞬間、観客席のどよめきがわずかに高まり、それはすぐに固唾を呑む静寂へと変わった。


対峙するのは、アグニス騎士団の若きエース。魔軌士No.30、カイル・ヴァン・ブラッドレイ。彼は前回の屈辱を晴らすべく、その全身から凄まじい闘気を発していた。握りしめた魔導剣の柄に、指の関節が白く浮き上がるほどの力が込められている。


「昨日、引見にも居なかったし、食事会にも居なかったから……」


アレンが無表情に口を開く。


「もう帰ったのかと思ったら、ここに居たんだな」


カイルの顔が怒りで朱に染まる。


「……前回は魔術の一撃で地面に沈められたが、今日は違うッ!」


カイルが魔導剣を構えると、周囲の空気が加熱され、陽炎が立った。剣身から立ち昇る熱波が、闘技場の石畳を揺らめかせている。


「前回の屈辱──今日ここで、晴らしてみせるッ!!」


ゴゴゴゴゴッ……。


カイルの背後から、物理的な圧を伴う闘気が立ち上がる。それはアグニスが誇る「武」の極致への執念だった。


「……始めろ」


審判の声が響く。


「おおおおおっ!!」


カイルが一気に踏み込んだ。炎属性を纏った魔導剣が、紅い軌跡を描いてアレンの首筋へと迫る。音速に近い、騎士団きっての剛速。空気を焼き焦がす熱気が、観客席の最前列にまで届いていた。


しかし、アレンは動かない。剣が届く数ミリメートル手前で、アレンのショートソードが跳ね上がった。


キィィィィィィィィンッ!!


アダマンタイト特有の高音が、闘技場に反響する。アレンはカイルの剣速に、完全に自分の速度を「合わせて」いた。


数合、十数合。火花が散り、鋼のぶつかり合う音が連打となって観客席へ届く。観客の目には、二人の英雄が超高速の剣戟けんげきを繰り広げているように見えた。


だが、実際は違った。アレンはカイルの剣を、一歩も引かずに「受け流して」いるだけだ。その挙動には、一滴の汗も、焦りもなかった。彼の視線は、目の前の刃よりもむしろその向こう、カイルの重心の揺らぎだけを冷静に追っているようだった。


「魔術禁止のはずなのに、あんなに景気良く火を吹いていいんですの?」


セリスが呆れたように、掲示されたルールと闘技場を交互に見た。


「アグニスの言い分では、あれは『剣の性能』であって『魔術』ではないそうですよ……」


リィナが、無理のある説明に困り果てたような顔で応じる。


「……速い。いや、待て」


観客席の上層、熟練の騎士が眉をひそめる。


「アレン殿が……合わせているのか? No.30の全力が、まるで届いていないぞ」


玉座のヴァルガン国王が、不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「No.30も少しは反省して取り組んでいると思ったが、とんだ見込み違いだったようだ。相手に遊ばれていることにも気づかんとはな」


「……おそっ」


サツキが、呆れたように呟く。


「アレン様の剣筋に、迷いが一欠片ひとかけらもない。あれは武の絶望だな」


リィナが淡い青の瞳で、アレンの魔力の揺らぎを読み取る。


「……アレン様、完全に合わせてる。あれは“試合”じゃなくて、相手の出方を観察しているだけですね」


セリスがレイピアの柄を指先で叩きながら、冷ややかに告げた。


「剣速の余裕が違いすぎます。アレン様はまだ、一段もギアを上げていませんわ」


カイルの誓導者、フェリシア・ルーンが、蒼白な顔でその光景を見守っていた。彼女の指先が、無意識のうちに自身の胸元をきつく押さえている。彼女は魔力循環を通じて、カイルの焦燥が限界に達しているのを感じ取っていた。


(ダメ……カイル様。届かない。あの男は……底が見えない……!)


「終わりだ」


アレンの声が、カイルの耳元で冷たく響いた。


アレンが半歩、踏み込む。カイルの剣を軽く弾き上げ、体勢が崩れたその一瞬──。ショートソードが、一閃。


ガキンッ!!


カイルの魔導剣が手の中から弾き飛ばされ、地面に突き刺さった。アレンの刃が、カイルの喉元でピタリと止まっている。石畳に突き立った剣の柄が、微かに震えていた。


「……あ……あ……」


カイルは膝を突き、その場に崩れ落ちた。両手が石畳につき、指先が力なく地面をこすった。


「一太刀も……掠らせることも、できなかったのか……」


圧倒的な実力差に、戦士としての心が音を立てて砕ける。彼の肩が、こらえきれない震えを帯びていた。


観客席は静まり返っていた。


「剣が触れた瞬間に、勝負が決まったぞ……」


「調整不足どころか、次元が違う……」


騎士団長レオスが、拳を握りしめてその場に立ち尽くしていた。


「……あんなスピードすら避けられないとは。カイルの奴め」


その声は、震えていた。


「いや……違う。あれほど鍛えたはずなのに。まさか、魔術抜きでここまで差があるとは……」


彼の眼差しには、これまでの余裕に代わって、じわりと不安の色が滲み始めていた。


アレンはショートソードを静かに鞘へ収めた。刃が鞘に納まる乾いた音だけが、静まり返った闘技場に短く響いた。


「……次、誰だ?」


その平然とした問いかけが、武の国アグニスの自尊心を、根底から切り裂いた。観客席のざわめきは、もはや興奮ではなく、言葉にならない戦慄へと変わりつつあった。誰もが、目の前で起きた出来事の意味を、まだ完全には呑み込めずにいた。石畳の上、崩れ落ちたカイルの傍らに転がる魔導剣だけが、先ほどまでの熱気の残滓を静かに物語っていた。


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