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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第24章:武の国の残響

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24-8

アグニス王国の朝は、遅い朝食から始まった。食堂に並んだ皿からは、まだ湯気が細く立ち昇り、窓の外には昨夜の溶鉱炉の赤い光に代わって、澄んだ朝の陽射しが差し込んでいる。昨夜、四人の間で交わされた「魔力循環」の余熱。アレンを中心に、リィナ、セリス、サツキの魔力が深く混ざり合った余韻は、身体に心地よい重みとして残っていた。「三拍子の鼓動」は今、かつてないほど穏やかにアレンの内で刻まれている。カップを傾ける仕草にも、これまでにない落ち着きが滲んでいた。


昼過ぎ、時間が訪れた。「剣技のお披露目」という名目で案内された場所へ足を踏み入れた瞬間、四人は足を止めた。


そこは、もはや練習場などではない。


「……完全にやられましたわ」


セリスが、整然と並べられた観客席と、既に完成している「四人勝ち抜き戦」の巨大な掲示板を見て、溜息をついた。掲示板の表面には、既にアレンたちの名が組み込まれた対戦表が、動かしようのない形で刻み込まれている。


「最初からこういう事だったんですね」


リィナが、闘技場を埋め尽くすアグニス騎士たちの熱気を感じ取り、静かに告げた。観客席から漏れる期待混じりのざわめきが、遠くの風のように空気を震わせていた。


「アレン様。……不当な扱いです。私が代わりに出ましょうか?」


サツキが家伝の《朧月おぼろづき》を握りしめ、アレンの前に一歩踏み出す。その瞳には、武人としての義憤めいた光が宿っていた。


そこへ、国王ヴァルガン・アグニスが豪快な笑い声と共に現れた。玉座に座る国王は、これが団長レオスの独断による「罠」であるとは露ほども疑っていない。


「いやはや、我が騎士団は優秀じゃのう! 昨日の今日で、これほど立派な場を用意するとは!」


国王は本気で感心していた。その無邪気な笑顔には、この試合の裏に潜む陰謀の欠片も見当たらなかった。


アレンは、掲示された「四人勝ち抜き戦」表を一瞥した。目の前に整然と並ぶ対戦表の文字が、彼の漆黒の瞳に映り込む。


「うーん。仕方ないな」


アレンは淡々と、三人の誓導者せいどうしゃに向き直った。


「勝ち抜き戦か……。みんなに悪いから、俺が全部やるよ」


「アレン様、お一人で?」


「ああ。先鋒は俺、次鋒サツキ、副将セリス、大将リィナで行こう。……それともやってみたいか?」


サツキは僅かに興味を示したが、アレンの「武」の極致を観察することを選んだ。膝に置いた手を静かに握り直し、彼女は一歩後ろへと下がった。リィナとセリスは、そもそも争いごとに興味がないため、静かに頷いた。


審判が進み出で、重々しくルールの説明を始める。石畳を踏む靴音が、闘技場の緊張をわずかに際立たせていた。


「魔術、魔道具の使用は一切禁止。身体能力の魔道的強化も認めない」


「特殊障壁を展開し、それが消失した者が敗北。相手の殺害は即失格とする」


闘技場の隅、アグニス騎士団長レオス・グラディオンが冷たく目を細めていた。太い腕を組み、その巨躯を微動だにさせず立つ姿は、静かな威圧感を放っている。


(魔術なき魔軌士など、ただの案山子かかしに過ぎん。No.0を決めた魔軌士局の失態を、アグニスの武を、世界に知らしめてやる)


アレンは、腰のショートソードに手をかけた。刃の柄に触れる感触が、指先を通じて静かに伝わってくる。かつて、魔力を持たなかった第一召喚の時代。“剣しか使えない世界”で生き残るために極めた「剣神」の技術が、指先から呼び覚まされていく。その記憶は言葉にならぬまま、彼の姿勢の隅々にまで染み渡っていた。


「……絶望させてやるのも、外交の一つか」


アレン・ヴァルグレイが、ゆっくりと闘技場の中央へと歩み出した。観客席の喧騒が、彼の一歩ごとに、まるで潮が引くように静まっていく。日差しを浴びた石畳の上、アレンの影が長く伸び、その足取りには一切の迷いがなかった。


背後で見守るリィナは、淡い青色の瞳をわずかに細め、アレンの纏う気配の変化を感じ取っていた。セリスもまた、レイピアの柄に添えた指先をそっと離し、静かに闘技場の中央を見つめている。サツキは薙刀を胸元に引き寄せ、これから展開されるであろう「武の絶対」を、瞬きも惜しんで見届けようとしていた。


観客席を埋め尽くす騎士たちのざわめきは、まだ完全には消えていない。だが、その熱気の奥底には、これから訪れる何かへの、言葉にならない予感が静かに滲み始めていた。玉座に座るヴァルガン国王だけが、依然として朗らかな笑顔のまま、闘技場の中央に立つ青年の姿を、無邪気な期待を込めて見つめ続けていた。


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