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アーク・コントラクター  作者: 瑠志彦
第24章:武の国の残響

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ガルディア公国、宮殿別邸の応接間に一通の親書が届けられたのは、迷宮での「定期清掃マラソン」を終えた翌日のことだった。金と赤の派手な装飾が施された封筒には、中央大陸北東部の軍事国家・アグニス王国の国章が刻印されている。侍従が恭しくそれを差し出した時、封蝋の重厚な感触が、この書状の格式の高さを物語っていた。


「アレン様、アグニス王国から正式な招待状が届きましたわ」


セリス・ヴァレンティアが、その長い指先でアーク・リンクと連動した親書を開き、気品ある仕草で内容を読み上げる。窓辺から差し込む午後の光が、彼女の金の髪を柔らかく照らしていた。


「名目は、先の魔軌士No.30カイル・ヴァン・ブラッドレイによる独断決闘に対する、国を挙げての謝罪。そして、世界初の『No.0』誕生を祝した歓待の宴、とのことですわ」


セリスの青色の瞳が、書状の後半部分を追うごとに、冷ややかな蔑みの色を帯びていく。彼女は書状を無造作にテーブルへ置くと、扇で口元を隠すようにして、くすりと小さく笑った。


「……面白いですわね。謝罪と言いながら、この文面の端々に滲む『自惚れ』。まるで『我が国の誇り高き騎士道に、貴殿を招待してやる』と言わんばかりの傲慢さですわ」


アレン・ヴァルグレイは、ソファの背もたれに身を預けた。アグニス王国。魔術よりも「個人の武勇」と「騎士道」を重んじる国。かの国の騎士団は、先の検分という名の戦闘、アレンが帝国のNo.1ヴァルツとNo.3アドラを圧倒した映像を、当然アーク・リンクで視聴しているはずだった。窓の外、庭園を渡る風が木々を揺らし、遠く鳥の羽音が微かに聞こえていた。


「……彼らは、あの映像を見ていないわけではないのでしょう?」


リィナが心配そうに、けれどどこか呆れたような声を出す。カップに手を伸ばしかけたまま、彼女の指先が空中で止まっていた。


「ええ。当然見ているはずですわ、リィナ。ですが、見たいものしか見ないのは弱者の特権ですもの」


セリスが、氷のような微笑を浮かべて言葉を繋いだ。


「アグニス騎士団の主流派は、こう結論付けたようですわ。『アレン・ヴァルグレイが帝国の上位を退けたのは、魔術の相性が偶然良かっただけだ』。『剣一本の勝負であれば、研鑽を積んだ我らアグニスの武が上回る』……。井の中の蛙が、大海の主を物差しで測ろうとするなんて、滑稽を通り越して哀れですわね」


その言葉に、隣で直立していたサツキ・ハートフィールドが静かに反応した。彼女の深い茶色の瞳には、武人としての冷徹な観察眼が宿っている。


「……不勉強は罪、ですね」


サツキは、薙刀の石突を静かに石床に響かせた。低く乾いた音が、応接間の静けさの中で妙に鮮明に響いた。


「アレン様の剣筋を一度でも見た者なら、そんな寝言は口にできないはずです。アグニスの騎士たちは、魔術強化の出力に頼りすぎて、自分の足で立つことを忘れているのでしょう。中心センターの揺らいでいる者が、武の国を自称するなど……片腹痛い。彼らにとっての葬送曲レクイエムにならないよう祈るばかりです」


サツキの言葉には、アレンの「三拍子の鼓動」の一角を担うアンカーとしての、揺るぎない自負と信頼が込められていた。かつてアレンに「鞘」だけで完封された彼女だからこそ、アレンの剣が持つ「理外の練度」を正確に理解しているのだ。石突を握る指先には、今も微かにその日の感触が残っているようだった。


リィナも、困り果てたような微笑を浮かべながらアレンを見つめる。


「アレン様、どうされますか? 正直、行く価値があるとは思えませんが……」


「いや、行こう。面白そうだ」


アレンは右腰のショートソードの柄に無造作に手を置いた。指先が柄の感触を確かめるように軽く動く。


「最近は迷宮で剣の練習ばかりだったからな。アグニスの騎士たちが、俺の剣を『魔術の補助』程度だと思っているのなら……その認識ごと、真っ二つに斬り裂いてやるのも外交の一つだろう」


アレンの言葉に、室内の温度が数度下がったかのような錯覚が走る。それは怒りではなく、不快なゴミを処理する際のような、極低温の事務的な冷徹さだった。テーブルの上に置かれたカップの水面が、その気配にわずかに揺れたように見えた。


「サツキ。お前以上の武芸達者がいるかどうか、この目で確かめてやろう。……もっとも、そんな奴がいるわけがないことは、お前が一番よく知っているだろうがな」


アレンが僅かに口角を上げると、サツキはおどけた調子で返した。


「……い・る・か・も・ね! ……まあ、アレン様の前に立った瞬間に、膝から崩れ落ちる自分の無様な姿を、アーク・リンクで世界中に晒すことになるのでしょうけれど」


その軽妙な言葉の裏に、確かな信頼と、これから起こることへの静かな高揚が滲んでいた。リィナが小さく笑いを漏らし、セリスも扇の陰でその表情を緩めた。


アグニス王国において、剣技の優劣は外交よりも重い。騎士団の慢心を、その根底から粉砕し、絶望を与えること。それはガルディア公国という国家の威信を示し、大陸のパワーバランスを決定づける「掃除」の延長線上にあった。応接間の空気には、これから訪れるであろう遠征への静かな緊張が満ちていく。


「では、エリシア公女王に報告し、航空機の手配をさせますわ」


セリスが満足げに頷く。アーク・リンクの画面に指を滑らせ、事務的な連絡事項を素早く打ち込んでいく彼女の横顔には、辺境伯令嬢としての手際の良さが表れていた。


「中央大陸北東部、炎と騎士の国・アグニス……。わたくしたち四人の円環が、かの国の傲慢をどのように焼き尽くすか、今から楽しみですわ」


夕暮れの陽光が差し込む応接間で、三つのくさびに守られた最強の「No.0」は、次なる戦地への号令を静かに下した。窓の外では、庭園の木々が茜色に染まり始め、遠くの空にゆっくりと雲が流れていた。


武の国の騎士たちが抱く「もしかしたら」という滑稽な希望。それが灰へと変わる日は、すぐそこまで迫っていた。アレンは自身の右腰の剣に再び手を添え、その重みを静かに確かめるように、指先で柄を撫でた。リィナとセリスの視線が、その仕草に自然と吸い寄せられる。サツキもまた、《朧月おぼろづき》を背に負い直しながら、来るべき戦いへの静かな決意を胸の内で新たにしていた。


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