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陽光が差し込む、別邸の応接室。庭園を渡る風が窓硝子を微かに震わせ、テーブルの上では湯気を立てるティーカップが三客、それぞれの主の前に並んでいた。アレンが王宮での打ち合わせに出向いている間、三人の誓導者はティーテーブルを囲んでいた。柔らかな午後の光が絨毯の上に長方形の輪郭を描き、部屋の中には穏やかな沈黙だけが漂っている。その沈黙を破ったのは、リィナだった。
「……サツキさん。体調、その後はどうですか?」
リィナが、新しく淹れた紅茶をサツキの前に置く。陶器の触れ合う小さな音が、静かな部屋の中で妙に鮮明に響いた。
「はい。おかげさまで、体の重さはだいぶ取れました」
サツキは、自身の掌をゆっくりと開閉させた。指先に宿る魔力の密度は、以前とは比較にならない。かつては感じ取ることすらできなかった微細な熱の流れが、今では手のひらの奥にはっきりと息づいているのが分かる。
「それは良かったですわ。誓約後の夜は、魔力が深く混ざり合いますから」
セリスが、優雅な仕草でカップを口に運ぶ。指先に嵌められた真新しい指輪が、光を受けて淡く煌めいた。
「魔力回路が同調する際の負荷は、慣れるまで身体に堪えますもの」
魔力循環誓約。それはマスターと誓導者の魂に署名を刻み、一つの円環を作る儀式だ。特に、深い休息の中で行われる魔力の「同期」は、心身に大きな変化をもたらす。窓の外では、庭園の木々が晩秋の風に揺れ、時折落ち葉が石畳の上を静かに滑っていった。
「でも、サツキさんが入ってくれて、本当に楽になりました」
リィナが、心底から安堵したような微笑みを浮かべた。
「アレン様の魔力は……あまりに強大で、深いですから」
ルミナを吸収し、異質にまで膨れ上がったアレンの魔力。これまでは、その膨大な「熱」をリィナとセリスの二人だけで受け止めてきた。それは甘美な同調であると同時に、器としての限界を試される過酷な負荷でもあった。リィナは自身のカップの縁を指先でなぞりながら、遠くを見るような眼差しをした。かつて、夜ごとに感じていたあの内側から焼かれるような感覚を、彼女は今でもはっきりと覚えている。
「ええ。三人で負荷が分散されたおかげで、体の芯が軽くなった気がしますわ」
セリスも同意するように頷く。
「二人の時よりも循環が凪いでいて……不思議な感覚ですわね」
「……あんなに、その。魔力が流れ込むとは思いませんでした」
サツキが、俯きながら頬を赤らめた。膝の上に置いた手が、無意識のうちにきつく組まれる。
「理屈では分かっていたつもりでしたが、実際にアレン様と繋がると……」
夜の静寂の中、アレンの「理外の魔力」が自身の奥深くまで浸透してくる。それは武人として鍛え上げたサツキの身体すら、一瞬で塗り替えてしまうほどの圧倒的な力だった。骨の髄まで染み渡るような熱と、それに続く不思議な安らぎ。あの感覚を言葉にすることは、彼女にとって未だに難しかった。
「……半分預かると言いましたが、預かっているのは私の方かもしれません」
サツキの声は小さかったが、そこには確かな喜びが混じっていた。カップの水面に映る自分の顔を、彼女はしばらく見つめていた。
リィナは、サツキの穏やかな波長を感じ取り、胸を撫で下ろした。かつての自分たちがそうであったように、サツキもまた、アレンの魔力に生かされている。窓辺から差し込む光が、彼女の銀髪をわずかに輝かせていた。
「私たちは、アレン様を支える楔ですから」
リィナが、サツキの手を優しく包み込む。その手のひらの温もりが、指先を通じてじんわりと伝わってきた。
「三人で、ゆっくり慣れていきましょう」
「……はい、リィナさん」
サツキは小さく頷き、握られた手にそっと力を込め返した。誓環学院の頃から積み重ねてきた孤独な鍛錬の日々、誰にも理解されぬまま研鑽を続けたあの孤独な時間の記憶が、ふと脳裏をよぎる。だが今、こうして二人の温もりに包まれていると、あの孤独さえも、今この瞬間へと繋がる道程だったのだと思えてくる。
セリスもまた、カップを置いて微笑んだ。その青色の瞳には、同じ主に仕える者としての、静かな連帯の情が滲んでいた。
「サツキさんが加わってから、アレン様の眠りも深くなられたように思いますわ。……夜中に魔力の乱れで目を覚まされることが、めっきり減りましたもの」
「そう、なのですか」
サツキの頬に、また新たな熱が灯る。自分の存在が、確かにアレンの助けになっている。その実感は、これまでの人生で得たどんな武技の成果よりも、深く胸に染み渡るものだった。
窓の外、ガルディアの空は青く澄み渡っている。庭園の木々の梢が、風に揺れて微かな音を立てていた。三つの魔力は今、アレンという太陽を中心に、かつてないほど美しく、強固な円環を描き始めていた。テーブルの上で湯気を立てる紅茶の香りだけが、その静かな絆の時間を、いつまでも優しく包み続けていた。




